オランダ Circularise社に取材 DPP(デジタルプロダクトパスポート)開発

私たちが普段口にする「食品」は、世界各国で厳しい基準が設けられており、使われている原材料の種類や、カロリーや塩分量が明確に表示されています。これにより、どの食品が健康に良いのかを消費者は一目で判断できます。

しかし、食品以外の多くの分野では、商品の詳細情報を明示する基準が曖昧で、消費者が安心して買い物ができない課題が残っていました。例えば、再生プラスチックを使用している環境に配慮された商品があっても、何の製品由来の再生材を何%含んでいるかを辿ることは容易ではありません。

この課題を解決するために、デジタルプロダクトパスポート(Digital Product Passport:以下、DPP)という、バリューチェーンの透明性を高めるデジタルソリューションを開発しているのが、Circularise社のMesbahさんとJordiさんです。

特に、欧州では今後サーキュラーエコノミーを進めるためには、DPPを通じて製造元、原材料、リサイクル性、解体方法など、サプライチェーンを通して製品のサステナビリティやサーキュラーエコノミーを証明する情報が必要だと考えられています。

そこで、今回はDPPの特徴やトレーサビリティが必要な理由についてお話を伺いました。

バリューチェーンの透明性を高める「DPP(デジタルプロダクトパスポート)」とは

※画像参照:https://www.circularise.com/dpp

ーまず、DPPとは何か教えてください。

DPPとは、デジタル技術により製品の原材料からリサイクルまでのサプライチェーン全体に透明性やトレーサビリティを確立するデータのことです。

それらのデータによって企業の資源利用を改善し、サプライチェーン全体の二酸化炭素排出量の把握や環境アセスメントを実施したり、リサイクルする際には適切なリサイクル方法を判断することが可能になります。

弊社はDPPの開発と、後に紹介する透明性と機密性の担保を両立するSmart Questioning技術の開発により、注目していただいています。

2年の準備期間を経てCircularise社を創業

ー創業の経緯について教えてください。

(Mesbah) 私が24歳の時、オランダの大学院の卒業とともに、大学のスピンオフ企業として創業しました。大学院時代に研究していた工業デザインは「物理学」や「工学技術」の組み合わせで、この研究過程で色んな教授や研究者にお会いしました。

その方々がサーキュラーエコノミーやサステナビリティについて教えてくれました。2012〜2013年当時は、オランダでは新しく注目を集めていたテーマでした。

2015〜2016年に、大学院でサプライチェーンの課題についての基礎研究を行なっていた際に、パソコンやスマートフォンなどの電子機器には、ステンレスやアルミニウムなどの金属が使われており、それらの情報が限定的であると、適切なリサイクルを行う事が難しいとわかりました。

構造が複雑でリサイクルが困難な電子機器について、メーカーがより多くの情報を開示し、使われている材料の詳細情報がわかれば、リサイクルをするか、修理するか、中古品として販売するかなどの意思決定をしやすくなります。この研究結果により、サプライチェーン全体のトレーサビリティの確立が重要だと考えました。

欧州でサプライチェーンの透明性が重要視された背景

欧州では、サプライチェーンのトレーサビリティに関する規制も導入され始めています。

創業当時の2016年、この分野はまだ黎明期でしたが、弊社はその頃からすでに着手していました。

企業にとっては積極的に情報を開示することは、メリットばかりではありません。情報を開示しすぎる事は、短期的には企業競争力を低下させるリスクにもなりかねないからです。

しかし、誰かが先導して情報を開示する必要性を普及させたり、そのための規制やルールを整備したりしなければなりません。世界のサーキュラーエコノミーへの移行を加速させるため、弊社は率先して、まずは最も汚染の多い化学物質やプラスチックの分野から、企業が自社の材料、部品、製品の情報を追跡できる仕組みを作っています。

消費者にとってのDPPの重要性

まずは電子機器に関して、原材料から最終製品に至るサプライチェーンに透明性を持たせる必要性が高いとお話しましたが、これは農作物に関しても言えることです。

将来的には、電子機器から農作物まで、あらゆるものが原材料から最終製品になるまでのトレーサビリティを確立させたいと考えています。

ー消費者にとって、DPPはどのような影響があるのでしょうか。

消費者にとってトレーサビリティはとても重要です。私たちが食品を買う際には、食品の包装に成分表や原材料などが記載されていますよね。例えば、砂糖がどれくらい入っているとか、カロリーはどれくらいで、タンパク質がどれくらいという内容が一目でわかると思います。それは食品衛生に関する規制で、食品会社に記載義務があるから、どの食品にも詳細情報が記載されています。

しかし、食品以外のほとんどの製品については、情報開示が標準化されていません。例えば、机についても、原料となる木材の詳細な情報や、製造過程で使われる樹脂、接着剤などの詳細情報を知ることは難しいです。家具に関してはそこまでの詳細情報を開示する規制がないので、家具メーカーも情報を開示していないのです。

食品以外の製品でも情報開示が必要になる

今後5〜10年の間に、少なからず欧州では、食品以外の製品に関しても食品同様に情報開示が求められる見込みです。それは、消費者にとっても商品を購入する際の判断基準として重要な要素になると考えます。

消費者がサステナビリティの高さについての情報を知ることができるようになれば、価格や使い心地だけでなく、サステナビリティの高さも商品を選ぶ判断基準の1つとなるでしょう。

ーイメージしやすいですね。最近は日本でも、多くの製品で「環境にやさしい」などと謳われていますが、実際にどれくらいサステナビリティが高いのかを判断することは難しいです。

本当にそうですよね。それはサステナビリティの高さを示す基準が標準化されていないからだと思います。今のままではメーカーが好きに表示できるので、消費者が正しく判断できません。サステナビリティやリサイクル率を上げるためには、消費者が情報を正しく判断できるスキルが必要です。

欧州でDPP義務化が進められている分野と進捗

ー欧州ではすでにDPPに関する規制が検討され始めているとお聞きしましたが、具体的にどのように進んでいますか。

まずはいくつかの分野からDPPの導入が検討されています。例えば、バッテリーの分野です。工業用や家電用のバッテリーに関しては、2026〜7年ごろから規制される予定です。具体的には、各バッテリーに製品詳細を開示するためのQRコードの掲載が必須になる見込みです。

ー2026年に向けた準備の具体的なスケジュールも決まっていますか。

具体的には決まっていません。バッテリーに関しては、2026年から2Kw以上のバッテリーを対象に必須になることが確定しています。バッテリーの先例をもとに、来年、再来年には、次々と新しい分野に関する規制も発表されると思います。

ーDPPが必須になるとは言え、企業にとっては大変なことですよね。

DPPについては色んな分野、部署などを巻き込むため、そう簡単に導入できるものではありません。

製品の製造・販売は1つの企業で完結しないことも多く、社外のステークホルダーとの調整が非常に複雑です。

特に大企業となると、3〜5年ではDPPに対応する準備期間が足りないと言われていますし、対応するための人材の確保も必要となっています。

現状としては、DPPへの対応に苦戦している企業が多いですが、1つでも成功事例ができてしまえば、それに習って、他の企業も対応しやすくなります。2030年までには、多くの企業への対応が求められると考えます。

ーどの程度細かい情報をアップロードする必要があるのでしょうか。

製品、サプライチェーンの階層などによって、開示すべき情報のレベルが異なります。

情報開示レベルが高い場合では、1つの机(1個体)という単位で製造された日付や材料、素材の情報を管理できますし、もっと大まかに製品ロットごとに管理することも可能です。どれほど細かく管理するべきかは、製品タイプによって異なり、例えば既にDPPの義務化が決まっているバッテリーであれば、個体ごとの情報を開示する必要があります。

一方、洋服などの繊維製品の場合は、製品単体の情報開示が困難なので、一定量のレベルでの情報開示となるでしょう。

ープロダクト単位での情報開示とロット単位での情報開示の違いについては、どこに決定権がありますか。

欧州委員会(European Commission)が調査を行っており、情報開示のレベルを決定しています。弊社は欧州委員会と共同で研究を行いながら、細かな技術開発を進めています。欧州委員会は弊社だけでなく、多種多様な企業と協力しながら、持続可能な製品開発の仕組みづくりを進めています。

ー企業が正しく情報開示しているかどうかは判断できるのでしょうか。

それには第三者機関の認証が必要です。弊社はインフラを提供する企業であり、顧客ごとにどんな情報を掲載すべきかについての決定権はありません。例えば、バッテリーは商品情報の開示が必要になりますが、2024年の段階では企業の自己宣言も許容されています。

しかし、2025年になると、第三者機関、認証機関の監査が必要になり、専門家により工場視察や書類確認が実施されるようになります。

Circularise社の独自技術「Smart Questioning」とは

ーCircularise社が開発したDPP技術「Smart Questioning」について詳しく教えてください。

DPPは製品に固有のIDをつけてブロックチェーンで管理し、サプライチェーンを追跡するための仕組みですが、企業がプロダクトの機密情報を開示することはリスクになり得るため、「透明性と機密性の担保」が課題となっています。

弊社以外にもDPPのシステムを開発している企業はいくつかありますが、透明性と機密性の担保をする新しい技術として開発したのが「Smart Questioning」です。入力した情報を誰にどこまで開示するかを設定することができ、安全性かつ機密性の高いデータの管理を可能にする技術です。

ーSmart Questioningの開発には、どれくらいの期間がかかりましたか。

DPPに関する課題を洗い出すだけでも、1年半〜2年間もの期間がかかりました。現在、Smart Questioningは弊社独自のテクノロジーで、特許も取得しています。

新しい時代を作るDPPが抱える課題

ー現在抱えている課題について教えてください。

欧州では、DPPに関する規制が導入されようとしていますが、まだ法整備が十分に進んでいません。企業がどれほどの情報を開示する必要があるのか?第三者機関の認証の可否の判断基準はどこにあるのか?など不明なことがまだまだ多いです。

また、DPPで情報を開示する企業を集める必要もありますし、さらに、企業が開示した情報を見にくるユーザーも集める必要があります。これら全てに置いて課題が山積みですが、1つずつ解決していくしかないと思っています。

ーBtoCビジネスを行っている企業がDPPのメインターゲットですか。

BtoCだけでなく、BtoBビジネスを行う、いわゆる「上流」の共有を行う企業にも使っていただきたいと思っています。

一般的に、BtoC向けにビジネスを行う企業は、原材料を仕入れている企業とのコミュニケーションは希薄になりがちです。しかし、本質的な意味で「持続可能な製品」は、原材料の仕入れから最終製品の販売までの全サプライチェーンのステークホルダーが持続可能であるべきです。

IKEAはとてもわかりやすい事例です。IKEAに関する全てのサプライチェーンは、IKEAのみです。つまり、原材料の仕入れから最終製品の製造、販売までIKEA1社で完結します。この場合は、全サプライチェーンのサステナビリティを担保しやすいですよね。

ー仕入れから製造までに色々な企業が関わっている場合は、より複雑になるということですね。

おっしゃる通りです。

その点、日本の大企業の中には、製造における上流から下流まで、さらに、製品配送から廃棄物の処理までの全てをグループ内で完結していることも多いですよね。

このようなグループ企業では、サプライチェーンの全てにサステナブルな取り組みを反映させやすく、DPPを推進しやすいと思います。

導入企業はコストをどのように回収するのか

ーDPPを導入する企業にとっては大きな投資になるかと思いますが、どのような料金体系なのでしょうか。

DPPを導入する企業には、サブスクリプション形式で料金が発生しています。具体的には、DPPへ対応することでどれくらいの利益を得られるかで、料金が変動しています。

例えば、DPPを導入したある企業がサプライチェーンの中間ポジションに位置しており、DPPからの得られる利益が他と比較して少なければ、それに見合った料金を支払うだけに止まるイメージです。

もし、ブランドオーナーや上流の供給者、またはサステナビリティを謳う製品を販売している供給者であれば、DPPを活用するメリットが多く、それに伴って得られる利益も大きくなるため、料金も高くなります。

つまり、利用者の事業規模やDPPに求める内容により、ライセンス費用やサービス内容が変動する仕組みになっています。

コストの回収方法については、サステナビリティの詳細を見える化することの大切さを裏付ける調査結果があります。マッキンゼー社の調査によると、2つのサステナビリティを謳う製品があり、1つはサステナビリティに関する詳細情報が記載されており、もう一方は書かれていないものを並べて販売した結果、消費者はサステナビリティが証明されている製品に対してより多くの金額を支払う傾向があることがわかりました。

DPPでより持続可能性の高い世界を作る

ー今後欧州でDPPの導入が進んだ後に、もし日本企業が欧州向けに製品を売る場合は、日本企業もDPPを遵守する必要がありますよね。

おっしゃる通りです。欧州で製品を販売する全ての製品が対象になります。現状として、欧州で販売されている製品の多くは、アジアなど他国で製造されていますので、いち早くDPPを導入することが大切で、競合との差別化にもなります。

特に日本は、早い段階で導入が開始されると考えています。先日、日本政府の担当者と情報交換をした中では、欧州の動向をかなり注視していて、今後、持続可能なモノづくり大国として「世界1位」の座を確立したいと画策している印象です。

実際に現在会話している企業の40〜45%は日本企業で、理由は先述の通り、1つのグループ企業でサプライチェーンを完結している企業が多いからです。この構造上、DPPを推進しやすい環境が整っており、実際に多くの企業での導入もスムーズに行われています。この現状を踏まえて、弊社としては早い段階での日本市場への展開を検討しています。

ー最後に今後のビジョンをお聞かせください。

現状、食品に製品の詳細情報が記載されているように、全ての製品にも詳細情報が記載されている世界を5〜10年で創造したいと思っています。エシカル消費を意識しているエンドユーザーも多いため、製品を販売する企業が正しく情報を伝えることで、よりサステナブルな世界を作れると思います。

2023.06.20
Circularise社
https://www.circularise.com/