男性からも注目を集める、楽器由来のエシカルジュエリーとは

木管楽器ならではの柔らかい音色を奏でるクラリネット。部活動等で吹いたことがあるという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

楽器によって完成までにかかる期間は様々ですが、クラリネットは数年に及ぶ素材の保存や乾燥を経て加工が行われ、ようやく完成します。クラリネットのボディ部分には「グラナディナラ」と呼ばれる黒く艶のある木材が使われることが多いのですが、中にはその長い製作期間に規格外部品となってしまうものも。

今回はそんなクラリネットの規格外部品をアップサイクルしてできたジュエリー、「ムピンゴコレクション」を手がける、ハセガワJスタジオの長谷川敦代様とスタッフの藤嶋実咲様にお話をお伺いしました。

10年以上温められてできたコレクション

写真右 長谷川敦代 様、写真左 藤嶋実咲 様

―まずはお二人のご経歴についてお伺いできますか。

長谷川 私はジュエリーのデザインや宝石の勉強をした後、宝石会社に就職しました。そして30歳の時に独立を経て、ハセガワJスタジオを立ち上げました。この仕事を通して世の中の為に自分に出来る事は何かを考えながら様々なオリジナルジュエリー、オーダージュエリーを作り続けています。

藤嶋 元々はWEBデザイン制作会社、メーカーのWEB担当者、印刷会社でのDTP制作などのお仕事をしていました。育児をしながら制作のお仕事を続けるのは体力的に厳しいと考え、今までの経験を活かせて、かつこれまでとは違う異業種のお仕事を探していた所、ジュエリーデザイナー長谷川さんと、ご一緒にお仕事させていただくことになりました。

長谷川先生のユニークで素敵な商品を、多くの方にお伝えしたいと思い日々奮闘中です。

ームピンゴコレクションが誕生したのはいつですか。

ムピンゴコレクションの商品

長谷川 コレクションが世に出始めたのは1年ほど前ですが、実は企画自体は10年以上前から温めていたものだったんです。

何億年かけて結晶となり宝石となる鉱物は正に地球と宇宙からの贈り物です。しかし、その美しさの代償は大きく、大地を掘削し自然環境の異変をもたらします。具体的には、宝石の発掘にあたって必要な大規模な鉱山開発は、生態系の破壊や二酸化炭素の排出、水の大量消費に繋がります。また、宝石の資金源で購入された武器が紛争で用いられることもあり、多くの人の命が犠牲になっているということも事実です。

私はこのままでよいのか。デザイナーとして何か出来ないか。自問自答の日々を送り、貴金属以外の素材を素材を探し始めました。

ームピンゴコレクションの特徴は黒く艶のある素材だと思うのですが、なぜこの木に注目されたのですか。

長谷川 は大きくて自由な形が作れる、硬くて美しい木を探していました。マホガニーや黒檀、紫檀といった木を見ていく中で出会ったのが、クラリネットに使われている木であり、タンザニアに生息している「グラナディラ」です。

「ヒャクノエム」公式サイトより

グラナディラでできたクラリネットのうち、壊れて使えなくなったもので何かできないかと思い付いたのが、このコレクションの始まりでした。ただ、壊れたクラリネットというのがなかなか手に入りませんでした。制作過程で必ず規格外になってしまった木材はあると思い、楽器メーカーに連絡したのがおよそ3年前。そこから本格的にこの企画に向けて動き出しました。

ームピンゴコレクションにはどんな想いを込められているのですか。

長谷川 私は、同じ宝石は一つとしてないので、唯一無二の美しい石が1人の方の手元に届く奇跡にいつも感動します。その感動に「相互協力」をプラス出来るのが「ムピンゴコレクション」なんです。

「相互協力」は人間が生きていく根本のスタイルです。小さな部分で言うとデザイナーと職人さんとの協力、デザインでは木、ムピンゴと宝石の組み合わせ。購入金額の一部を寄付に充てることにより、お客様とタンザニア植樹活動との相互協力に繋がり、それが自然破壊への関心にも繋がることで、地球との相互協力に繋がります。

小さな小さな一歩ではありますが、ジュエリーデザイナーとしてお仕事をさせて頂ける私の宝石への敬意がこのような形になりました。

ー多くの方にとって「ムピンゴ」は聞き慣れない言葉だと思うのですが、どんな意味があるのですか。

長谷川 ムピンゴはスワヒリ語で「アフリカン・ブラックウッド」のことです。素敵な響きだと思い、この名前を付けました。

取り扱っているクラリネット自体は、アフリカン・ブラックウッド(グラナディラ)という木で、周りが真っ白なのに真ん中が真っ黒な木です。触っていただくとすべすべで、細かく密になっているが故に、ずしっとしていて硬い上質な木ということがお分かりいただけるかと思います。だからこそこんなに艶が出せるんですね。

「ヒャクノエム」公式サイトより

その分楽器を作れる太さに幹が成長するのには、80年〜100年と時間がかかるため、準絶滅危惧種に指定されています。楽器メーカーさんは現地のNGO団体と一緒に原産地のタンザニアでの植樹活動を行っています。我々もその取り組みに賛同し、売り上げの一部を寄付を行っています。

アフリカン・ブラックウッドはクラリネットの他にも、ピッコロやオーボエの一部、ギターの飾りの一部として使われることもあるみたいです。

木を使ったジュエリーづくりの挑戦

―ジュエリーを作る前の素材はどんな状態ですか。

長谷川 ジュエリーの元になるのが規格外部品になります。木の原型に近いものが多いとばかり思っていましたが、ほとんどクラリネットに胴体部分の筒状になっているものもありました。

「ヒャクノエム」公式サイトより

音に少しでも支障をきたすような亀裂や虫食いが後から出てきたりすると、楽器にはなれず規格外部品となってしまいます。どれだけ上質な木を使っても、長い年月をかけて作る物なのでどうしてもそういったものは出てきます。

良いものが廃材となってしまうのは非常に悲しいので、そういう木を良い形で蘇らせてあげたい。「美しい音の為の追求」と「美しい宝石文化の継承」に共通点を見いだせた私は、そんな想いで「新ブランド ヒャクノエム-ムピンゴコレクション」を立ち上げました。

―ジュエリーを作る際に難しかったことはありましたか。

長谷川 すごく沢山あります。宝石であればロウ付け(金属の溶接)ができるのでいろんな形が実現可能なのですが、木は削ることがメインなので思っているデザインがなかなかできないのと、サイズ直しができないんです。サイズに関しては、オーダーでお客様のご希望のサイズでお作りすることで解決いたしました

また、指輪の場合厚みがありすぎると指なじみがわるくなり、薄すぎると割れやすくなるので、何度も試作を繰り返し、丁度よい厚みで作りました。

今はアクセサリー以外にも、ベルの部位を使用した一輪挿しの制作も行なっています。

ー一輪挿しというのはユニークですね。どうやって思い浮かんだのですか。

ベルの形まで出来上がっていたクラリネットの廃材を見た瞬間に、「これは一輪挿し!」と思いました。ジュエリーの会社なので、シルバー装飾をつけたり彫刻家に彫っていただき完成させました。曲線のラインが非常に美しいですよね。これらの彫刻は沖縄の彫刻家の方にお願いしています。

ーどういう経緯で沖縄の彫刻家の方が彫ることになったのですか。

国内には黒檀やグラナディラを取り扱っている職人さんや工房はそう多くおらず、木材自体も硬いからか、協力してくださる方がすぐには現れませんでした。しかし、グラナディラの硬さと似ている、黒檀で作品作りをしている彫刻家の方が快諾してくださり、その方が彫ってくださっています。

木の第三の人生を探る

―どんな方がこのコレクションをつけられることが多いですか。

長谷川 先日出店した催事では、なんらかの音楽関係の経験がある方が特に興味を持ってくださいましたね。やはり音楽に親しんでいらっしゃる方の方が関心度は高いですね。

実際にネックレスを買ってくださった方からは「ジュエリーより気軽につけられるわね」といったお声をいただきました。知人のセミプロのジャズシンガーの方は、華やかな見た目を気に入ってくださり、舞台で歌う時につけてくださっているようです。

ー実際にお客様の反応やお話を聞いて、新たな発見はありましたか。

藤嶋 驚いたのが、男性からの反応が良かったということ。黒だからか、抵抗なくつけられるのだと思います。試着をおすすめした際になかなかつけようとしない女性客の方も多かったのですが、男性は案外すんなりつけてくれたんです。

長谷川 「え、木なの?!」と驚かれていました。

藤嶋 本来ジュエリーといえば女性向けのものというイメージが強いですが、男性の方に向けてもジェンダーレスな商品を増やしていきたいとの話も出てきました。

楽器そのものの形に近い商品の方が、お客さんにとってもイメージが湧きやすいということも今回の初出店で気付くことができました。これからどんどんポップアップストア等に出て色んなお客様に知っていただけると嬉しいですね。

ー将来的にこのコレクションを届けたい場所はありますか。

長谷川 こちらのペンダントは、ユネスコ無形文化遺産に登録されている製造工法で出来た純金箔があしらわれており、将来的には海外にも出せると嬉しいです。

また、先ほどの一輪挿しもオリエンタルな雰囲気があるので、ぜひリゾートホテルや高級ホテル等の方に目を留めていただけると光栄ですね。金属はクールなイメージがある一方、指あたりの滑らかさや木独特の気持ちよさは木材ならではなのですごく良いなと思います。

ーブラックウッドって他にどんな使われ方をしているんですか。

長谷川 実はあまりないんです。ただ、主な栽培国であるタンザニアには昔から「マコンデアート」という彫刻が存在します。こんな硬い木をタンザニアの方々は昔から彫っているわけで、アーティストの方が精霊を感じて彫っていくというものになっています。ユーモラスなものが多くて、とても面白いんですよ。

ーアクセサリー以外にも展開予定のものはあるのですか。

長谷川 楽器メーカーの方との会話の中で、「木の生き方には2通りあると思っています。木として全うする生き方と、さまざまな形で加工されて第二の人生を全うするという2通りある」と、教えていただきました。楽器メーカーさんの場合は木に楽器としての命を吹き込んでいますが、その楽器にもなれなかった木がある。その木に対して、私たちが第三の人生としての命を吹き込んでいます。

今後はアクセサリーだけでなく別の形態、お箸など新たな商品も考えています。比較的たくさんの人が使えるような身近なものも作っていきたいですね。

ー最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。

長谷川 いつのまにか日本人は捨てる文化が根付いてしまったように思います。ヨーロッパではジュエリーは代々受け継がれるもので、そのご家庭の伝統であり、家族の愛でもあるんです。そこに想いやエピソードがたくさん詰まっていくのが本来のジュエリー文化の素敵なところです。私達は、古来からの日本人の物を大切にする心を作品に込めました。

ー本日は貴重なお時間いただきありがとうございました。

2023.04.27
取材協力:ハセガワJスタジオ
https://hasegawa-j-studio.jp

サーキュラーエコノミーの視点から、ビジネスモデル分析

ハセガワJスタジオは本来廃棄されていた、クラリネットの規格外部品をジュエリーに生まれ変わらせ、アップサイクルのものづくりをしています。

製造業におけるサーキュラーエコノミーのビジネスモデルとして、北欧横断評議会であるNordic Innovationとフィンランドの政府関連団体のSitraが「サーキュラーバリューチェーン」を提唱しています。これらの要素を取り入れることで、資源効率を上げ企業の価値を向上させることができると考えられています。

参照:Circular Economy business models in the manufacturing industries

ハセガワJスタジオは再生可能性をビジネスモデルに取り入れています。

再生可能

再生可能エネルギー、バイオ原料または再生材の使用及び耐久性があり修理しやすい製品を設計

→廃材を活用してジュエリーを制作・販売

木材というデザインや加工方法に制約がある中で、新たな付加価値を創造し、ものづくりをされています。アップサイクルジュエリーを通して、日本でもものを長く受け継ぎ大切にする文化が再興されることを期待しています。