GX時代のプロダクトデザイン[前編] 環境後進国「日本」の現在地を見極める

DX(Digital Transformation)が一般的になってきた昨今、徐々に話題に上がってくるようになった概念がGX(Green Transformation)だ。

世界の大きな流れの中で、日本も環境改善と経済活動を同時進行で考えていかなければならないフェーズに入ってきており、それは今後あらゆる業界に大きな影響を与えると考えられる。

今回はそんなGX時代における「モノづくり」にスポットを当てる。

編集長 新井 遼一に、産業廃棄物を長年に渡り扱ってきた静脈産業のプロの立場から話を聞いてみた。

環境課題解決のキーワード”GX”とは?

ーまず、GXとはどういう意味かを伺えますか?

新井 GXとはGreen Transformation(グリーントランスフォーメーション)の略語です。

日本が2050年のカーボンニュートラル目標を実現すること、ひいては地球温暖化による気候変動や異常気象の加速を抑えることを目的に、経済産業省が提唱した経済社会システムの変革のことです。

経済産業省としては企業がGXを牽引し産・官・学が協働していくべきと考えており、議論にとどまらない実践の場として「GXリーグ」を設立しています。

当社もGXリーグの賛同企業として登録されており、より多くの企業に対してポジティブな影響を与えていく存在にならなければいけないと考えています。

ーお話を伺うと、カーボンニュートラルの延長線上にある活動といえそうですね。

新井 基本的にはそのように位置付けられていると思うのですが、個人としてはもう少し広義での定義づけに貢献していきたいと感じています。

なぜならカーボンニュートラルだけに特化した内容であるとしたら、わざわざ新たな表現をする必要がないからです。

SDGs・ESG・サーキュラーエコノミーなど、環境課題の解決に関わる言語は溢れかえっているのが現状で、それでは混乱を招きかねません。

そういった事態を回避し、関わる人々の意思統一を実現していくためにも、それらを総称した用語としてGXを浸透させていければと考えています。

モノづくりにGXの視点を加える理由

ーそもそも、なぜモノづくりの分野はGX化していく必要があるのでしょうか?

新井 経済のグローバル化が進む中で企業が生き残っていこうと思った場合、国際的な評価基準に対応していく必要があるからです。

グローバルな視点で見ると企業が売上・利益だけで評価される時代は既に終わっており、環境課題への取り組みとそれについての情報開示が評価の大きなポイントになっています。

そのひとつが日本でも昨今話題になっている「サプライチェーン排出量」ですが、欧州では既に企業単位ではなく、工場ごと、出荷ラインごとに数値を計測していこうという動きがあります。

そうなってくると、ゆくゆくは商品単位での排出量の算出が求められる時代が来る可能性も否定できません。

ーサプライチェーン排出量に関することだけでも日々変化しているということですね。それ以外にも国際的な評価基準は生まれているのですか?

新井 例えば、企業の気候変動への取組みや影響に関する財務情報についての開示のための枠組みである「TCFD」という認証や、リサイクル原材料使用率を示す欧州初の評価指標である「サーキュラリティ」など、続々と新たなルールが生まれてきています。

これらの指標が生まれてきている中で、国際的な規模で「標準」を定義する組織であるISO(International Organization for Standardization=国際標準化機構)が定めるISO規格において、製品の環境マネジメントにとどまらない、サーキュラーエコノミーについての定めも固まりつつあり、いずれはこれらの規格を守らなければ海外企業と取引ができなくなるでしょう。

ー日本はまだサプライチェーン排出量の測定すらおぼつかない状態で、その水準に至るまでに大きなハードルがあると感じます。本当にそれらの指標が日本でも重んじられるのでしょうか?

新井 日本でもグローバルで活躍する企業は、投資家の賛同を得るためにそれらの規格取得などに以前から取り組んできました。

しかし、国内ビジネスだけに取り組んできた多くの企業は違います。
そういう意味では今から変革の時期に差し掛かる可能性は高く、大変な時期に突入するかもしれません。

とはいえ、日本企業が自ら海外に飛び込まなければ海外企業と取引が生まれなかった時代は既に終わってしまいました。
今は海外企業が日本に進出してくることでビジネスが強制的にボーダレスになったといえます。

つまり、もはや日本で仕事をしている日本企業であってもステークホルダーに世界企業は確実に存在しており、海外巨大企業のサプライチェーンと無関係で居続けることは難しいということです。

そういった海外企業が環境課題についての指標を重んじるのであれば、その方向に取り組む以外に選択の余地はありません。
そういう意味ではGXは、モノづくりに携わる企業にとどまらず、あらゆる企業にとって必要不可欠といっても過言ではないでしょう。

世界標準との大きなギャップを埋めなければならない

ーなぜ、日本と海外ではそこまで差が開いてしまったのでしょうか?

新井 環境課題に向き合い始めてからこれまでの、取り組みの方向性の違いによるものだと思います。

そもそも環境とビジネスの相関関係が問われるようになったのは1990年代で、その頃から廃棄物を減らそう、適切に管理しようという考え方が世界中に広がりました。

その潮流の中で、日本は3Rに地道に取り組み続け、リサイクル技術や分別意識においては世界トップクラスになりました。

その一方で、欧州はその後も議論を続け、廃棄物処理の観点を超えて環境再生分野へと思考が前進していきました。
さらに、気候変動を食い止めよう、生物多様性も守ろうという形で、思考が横にも展開していったのです。

つまり、日本は深める方向に、欧州は広げる方向に進んでいったわけです。

ー同じスタート地点から違うベクトルにそれぞれ力を注いだということですね。

新井 日本も真摯に取り組んでいたことで一定の成果は上げており、これはとても素晴らしいことです。

とはいえ、現代において社会課題の側面で国際的にイニシアティブを取っているのは欧州です。

そうすると別方向に力を注いでいた日本にとっては寝耳に水のような状況ですので、次々と具体化していく国際的な環境施策についていけるはずもありません。

実際に、国連主導の気候変動に関する国際会議「COP27」においても、日本は「化石賞」という不名誉な評価を受けており、環境後進国と位置付けられています。

菅政権が2020年に大きく舵を切りやっと世界と同じ土俵に立った、これが今の日本の現状と言えるのではないでしょうか。

ー欧州が牽引する方向に世界中が進むことになるのでしょうか。

新井 そもそも欧州には、環境課題を50年に渡って考え抜き、実際に取り組んできたという実績があります。

要はこの分野で研鑽を積んできたトップランナーであり、その言葉を無視するわけにはいきません。

経済面で遅れを取り始めた欧州が、この新分野で存在感を示そうとしているといった考え方を耳にすることもありますが、もはやそういう問題でもないのかな、と考えています。

ー仮に欧州が正しいとしても、各国の都合もあるので受け入れ難いのでは?

新井 もちろん、どの国にしても言いたいことはあると思います。

例えばBRICSにしてみれば、現代の社会課題を生み出してきた一因である欧州から尻拭いを要求されるわけで、面白いはずもありません。

ですが、ものすごく乱暴な言い方をすると、欧州が提唱する方向性は地球規模で考えると反論の余地がない完全な正論。

そうすると、その流れに逆らって独自の道を進むことは周囲の国々からの批判の矢面に立つようなものであり、感情はともかく取り組む以外に選択肢はありません。

一日の長がある有識者が至極もっともな内容で理論武装をした上でリーダーシップを取っているため、最終的には国際的な合意になっていくかな、と思います。

だからこそ今の段階から企業もその方向に向けて動き出していく必要があるように感じています。

(後半へ続く)