感情ではなく理屈で導き出す「企業の社会課題対応が当然である理由」

ESG・カーボンニュートラル・SDGsといった環境課題に対する社会的風潮の高まりに伴い、企業にも社会課題に取り組む姿勢が求められる時代が訪れた。

しかし一方で、その目的や方向性に対して、社会的にもそして取り組んでいる企業内でも、良し悪しについて多種多様な捉え方がされており、その中には胡散臭い・偽善的・詐欺っぽいといったアレルギーのような声があがるのも事実だ。

今回は、なぜ企業が社会課題に取り組まなければならないのか、また、それがどのような結果に結びついていくのかを、環境メディアとして多くの方々の声を聞いてきた視点から「感情」ではなく「理屈」で整理していく。

取り組むかどうかで悩んでいたら、既に「負け」

ー今回は、環境課題や社会問題について、なぜ企業が向き合っていく必要があるのかを伺います。新井さんはどう考えていますか?

新井 端的にいうと、それが社会の流れだから向き合うべきだと考えています。

例えば、労働環境を整えない!DX化・IT化しない!女性の社会進出を認めない!と主張している企業があったらどう思うでしょうか。

しかもこれは日本だけの話ではなく、世界的な方向性です。

ーでは、その流れに逆らうと具体的にどうなると思いますか?

新井 流れに逆らっている企業はまもなく働き手・顧客・取引先・投資家といったステークホルダーに選ばれなくなってしまうでしょう。

現代では、長時間労働・休みなしで枯れるまで働かせるブラック企業に、自分の子供が入社しようとしたら、多くの人が止めると思います。

また、企業がニュースになるような労働問題や環境汚染を発生させたら、そこのサービスを使おうと思わないし、株価だって落ちてしまう。

今までもそうでしたが、その影響がより強くなっているのが現代の状況だといえます。

ーわかってはいても、社会課題に取り組むと決められない企業が多いのが現実のように感じるのですが。

新井 産業革命以降の大量生産・大量消費時代の考え方から、非常に大きなパラダイム・シフトが必要なので、対応するのは簡単ではありません。
特に多くの企業で決裁権を持つ方々は、その時代の考え方をベースに成功体験を積まれてきていますので、なおさら軌道修正に苦労されると思います。

長時間労働にしても、「自分が新人の頃は…」という言説はよく聞かれるところです。確かにそれで成長できたり、自信に繋がっているという良い面もあるとは思いますが、法的にも厳しくなった現代では、過去とは別の手法を採らなくてはなりません。

そういった抵抗感からか、競争に勝つための思惑だ、EUや国連の陰謀だ、などと反論する方を見かけますが、そのような議論をしている時間はもはや残されていないかもしれません。

国籍問わず若い方々を中心に、本気で危機的状況だと感じている人々が増えてきています。

その中で、トレンドに逆らってステークホルダーの信頼を失う方向に進んでしまうと、「自分さえ良ければいい」という考え方に見えてしまいます。

「競争の戦略」を説いたマイケル・ポーター教授が、近年になって「共創」を意味するCSV(Creating Shared Value)を提唱したことが象徴するように、従来の資本主義的な価値観の転換が実現しつつあるのだと思います。

そういった世の中の流れの中で、社会課題に取り組むのか、それとも取り組まないのかでいうと、「取り組む一択」ではないかと思います。

「適者生存」のために本気で向き合う

ー取り組んではいるけれど内容が本質的ではない、誤魔化しているだけと批判されてしまう企業もあるようです。

新井 表立って取り組みませんと表明する企業はいませんが、「本気で取り組み、変革している」企業と、「本気で取り組んでいるが、変革できていない」企業、そして「法律が変わったから、周りがそうしているから」という企業に大別できるのではないでしょうか。

そこは経営者のガバナンスと、組織人の意識が重要な部分だけに、難しい問題だと思います。

ー確かに、隠していた事実が表沙汰になり社会的信頼を落とす、そんな企業のニュースを散見します。

新井 そうなのです。

特に最近になって報道されている2020東京五輪をめぐる汚職事件なんかは、そこに大義は一切なく、あるのは金儲けだけ。つまり自分さえ良ければいいという考えだと受け取られています。仮にマスコミに取り上げられなくても、働いている人がSNSで自社の隠蔽を暴露してもおかしくない時代です。

ポーズだけで社会問題に取り組むリスクを取るよりも、すぐに実践することが難しい内情も含めて真正面から透明性を持って取り組む方がメリットも大きい。

そういう企業がトップランナーとして先行者利益を享受することになるでしょう。

生活者の「当然」の水準を追い越せ

ー具体的に、取り組まない企業はまずどの分野で困ることになりそうですか?

新井 まず最初に顕著な影響が出ると言われているのは「採用面」と言われています。

学校で社会課題について教わっており、取り組むのが当然と思っているSDGsネイティブといわれる層があと数年で社会人としてデビューします。

その人たちが社会に出た時に、取り組んでいない企業に対して好印象を持つでしょうか?
まずは働き手が確保できなくなっていくでしょう。

ー常に世論を意識しないといけませんね。

新井 おっしゃる通りで、とにかくクリーンであることが求められる時代に突入しました。その傾向は今後さらに大きくなっていくと思います。

先ほどの話とも関わりますが、そもそも人々の意識形成に影響を及ぼす情報伝達手段がダイレクトになってきているからでしょう。

近所の噂話が情報収集の源だった時代から、新聞、テレビ、SNSという形で、年々、情報が届きやすい表現方法で直接個人に届くようになっており、その影響力は以前より遥かに大きくなっています。

世論を意識することが必要なのは上場企業だけでなく、あらゆる企業が活動を進める上での大前提だと思います。

未上場も非上場も問答無用、待ったなし

ーESG投資が話題になって久しいですが、社会課題への取り組み方次第で投資家からの支持も変わってきそうですか?

新井 2015年にGPIFが国連責任投資原則に署名したことをきっかけに、日本でも一気にESG投資が浸透してきましたが、今までは「ESGといっていればOK」という風潮がありました。しかし最近ではEUで表面的にESGを主張しているだけのいわゆる「ESGウォッシュ」を取り締まる動きが加速していることを受け、金融庁もそういった方向に動いていくことが予想されます。

ファンド側も企業に対してより具体的な取り組み内容と成果を求めるようになっていくでしょう。

ーでは、上場企業のみならずスタートアップ企業などでも対応しないと資金調達が厳しくなるのでしょうか。

新井 その通りだと思います。ですが、投資界隈の方に話を聞くと、企業側に改善の要求をしても変わらないと悩んでいる方が多かったです。

要は、投資家サイドと企業サイドの温度差が大きく、そこに困っているとのこと。

その原因を深掘りすると、仮に企業のフロントマンは問題意識を共有できていても、その企業内に蔓延る旧態依然とした考え方のせいで変化が起こせない、起こせても浸透しない、こんな状態らしいです。

今の企業でESG担当などをされている方の一番大きな悩みは社内啓蒙とさえいわれています。

ーでも、地域金融機関に頼る多くの中小企業には無関係なのでは?

新井 仰る通り、地域金融には現状そこまでの対応は求められておらず、一気にそこまでやったら経済が破綻してしまうのが実情です。しかしここが盲点で、投資家の支持を必要とする大きな企業はサプライチェーンの末端に至るまでにその責任を負わねばならないため、機関投資家と直接的に無関係な中小企業も将来的に確実に対応を迫られます。

脱炭素のためのサプライチェーン排出量の算出がまさにその良い例です。

特に外資系ではその傾向が強く、いざAmazonと取引を始めるとなった日本企業が、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)や気候変動への取り組みを怠っていたことで契約を逸したという話も伺う機会がありました。

要は、日本企業が思っているよりも世界基準は高く、迅速に対応しなければ巡ってきたチャンスを逃すことになってもおかしくないのです。

企業がやってる「脱炭素」は見える化できるの?

ー下請けにまで影響が及ぶとなると、もの凄く多くの会社に関係しますね

新井 まさに、あらゆる企業が火急的速やかにこの分野に対応していくことが必要です。

B to Bの仕事が中心だから、生活者の支持なんて関係ない、では済まなくなっており、確実に影響を受けるということを本当に理解していただきたいです。

一時的な流行で終わるという意見もあり、確かに先のことはわからないというのは事実です。

でも、個人的にはそうは思いません。
ただのトレンドではなく、人類が発展していく過程での次のステップが来たという感覚が強いです。

手遅れになる前に少しでも多くの会社に本気で取り組み始めてもらいたいですね。