注目される地方レストランの取り組みが示唆する「食の未来」

地方のレストランには、レストランの隣りの自家畑で野菜を育てつつ、シェフ自らが季節の移ろいを身近に感じながら独創的なひと皿を紡ぎ出しているところがあり、注目を集めています。食の生産現場と隣り合わせにあるからこそ見えてくるものは、何なのでしょうか? シェフたちの声にそっと耳を傾けてみたいと思います。

「ミシュランガイド関西版2022」に初登場した和歌山県の「グリーンスター」

飲食店を星の数で評価する「ミシュランガイド」に、2020年から、サステナブル(持続可能)なガストロノミーを認証する「グリーンスター」を設けたことは、以前ご紹介したことがありました日本版でも、2021年版から登場しています。

評価の対象となるのは飲食店の立場から推進できる取り組みで、食品ロスの削減、環境に配慮している生産者の支援、絶滅危惧種の保護など、さまざまです。ミシュランの調査員たちは、実際に食事をする中で、素材からメニュー、食器、使用している電力、リサイクルの取り組みに至るまで、その店がどのようなアプローチで食のサステナビリティを進めようとしているか、シェフの話を交えて細かくチェックし、判定するのだそうです。

美食の手引き、ミシュランガイドに設けられた「グリーンスター」を探る

以前ご紹介したのは、「ミシュランガイド東京2022」に掲載された「グリーンスター」獲得レストランでしたが、関西版についてもみてみましょう。

環境配慮が評価されて、関西版の「ミシュランガイド京都・大阪2022」に和歌山県が新たに追加され、京都・大阪+和歌山2022となった点が話題になりました。中でも、2つ星獲得の「ヴィラ・アイーダ」(和歌山県岩出市)は、「グリーンスター」に選ばれたことでも注目されています。地方ゆえに、サステナビリティとの向きいあい方も、都会とは異なる点があるようです。

和歌山県の「ヴィラ・アイーダ」の取り組み

「ヴィラ・アイーダ」は、和歌山県岩出市出身の小林寛司シェフがマダムとともに営むレストランです。

小林シェフは、調理師学校卒業後、大阪のレストランに2年勤務後、1994年にイタリアへ渡りました。ヴェネト州やトスカーナ州を経て、1996年からカンパーニャ州ソレントの三つ星レストランではパスタ部門のシェフを務めました。1998年に帰国、生まれ育った土地に「アイーダ」を開店したのです。

そこは、もともと小林シェフの実家が稲作をおこなっていた場所。広大な畑に囲まれた、ちょっと都会にはないロケーションです。

畑仕事とレストランの両立

敷地の一角にハーブを植えた小さな畑をつくり、オープン3年目から本格的に無農薬の自家畑で野菜づくりを始めました。高級イタリアンでは欠かせない輸入食材の使用はいっさいやめて、自家製の野菜をふんだんに使った料理に変えました。

2007年、敷地内に自宅を増築して1室のみの宿泊スペースを併設。「Farm to Table」の「ヴィラ・アイーダ」がスタートしました。テーブルの天板は、市場で使われいた野菜木箱だったり、台風で壊れた家の廃材だったりで、和歌山の古材を活用。文字通り「農家レストラン」をイメージして、内装もリニューアルし、食前酒や食後のお茶をゆっくりと楽しめるスペースもしつらえました。

2019年からは、「1日1テーブル」のみの予約に。畑で料理を決めるので、毎日メニューが変わります。畑とレストランを両立するために、自分1人で落ち着いてできる環境を整えるためでした。その結果、以前よりゲストとの時間はゆっくり持てるようになったそうです。

自家畑から生まれるその日限りの「和歌山風味」コース

「ヴィラ・アイーダ」には、メニューはありません。その土地ならではの強み、魅力にこだわって、近隣の魚介、ほろほろ鳥や猪豚、熊野牛などを組み合わせてバランスをとり、その日限りの「和歌山風味」というコースを提供しています。

自家畑で育てている野菜やハーブは150種類以上に及びます。野菜の使い方は、実に自由自在。野菜の成長度合いを見極め、それぞれの持つ可能性を引き出していきます。

たとえばフェンネルだったら、ほんの小さなマイクロの時期から使い始めて、株、葉、花になって種になるところまで、すべて使い切るので、無駄がありません。端材が出た場合は、コンポストで堆肥にし、循環型の畑仕事を実践しています。

「旬」と向き合う

私たちのからだは、自然に旬の素材を求めるようにできているので、丁寧な食事づくりこそが健康の基本というのが持論。自家畑で収穫する四季折々の恵みと日々向き合いつつ、新たな組み合わせを探し続け、独創的なひと皿を紡ぎ出していきます。

春は豆類が旬で、そこからトマト、ナス、ズッキーニなどの夏野菜にシフト。冬には白菜、ダイコンやニンジン、ホウレンソウなど。最初は生で、日が経つにつれてしっかり炒めたり揚げたりと、加熱方法にもバリエーションをつけます。

基本的に収穫は、毎朝5時からマダムが2時間くらいかけておこない、シェフは午前8時ごろから仕込みを始めます。足りないものがあれば自分で畑に採りに行きます。1日1テーブルにしてからは、週に3日ほど「畑の日」に決めて、とことん作業をしています。

コース8品ほどのうち、半分くらいの野菜は結構長く収穫できるスタンダードなものを使います。ですが、「今朝、ズッキーニの小さいのが採れた!」となると、料理は臨機応変に変わります。その日の料理の内容が完成するのは、ゲスト来店の10分前といいます。

自家畑の強みは、野菜を自分たちの思うようなサイズで収穫できることでしょう。市場には絶対出回らないものを味わってほしいとの思いもあり、新芽が顔を出したらまず、「これを添えたらどうだろう?」と考えます。

小林シェフは、自家畑での試行錯誤はもちろん、プロの農家とも組んで「葉の芯をソテーにするから株を太くできないか」「もっとアクを強くできないか」などとリクエストします。育て方も収穫時期も、種をまく時期から照準を合わせることができて、精度が格段に高まるのです。生産者らとの交流で、「都会では絶対に真似できないことを考える」のが楽しくて仕方がないようです。

昔から伝わる知恵を生かす

小林シェフは、昔から伝わるジイちゃん&バアちゃんの知恵を生かすことも忘れていません。庭にある果実の実でコンフィチュールや果実酒を作ります。

畑でたくさんとれた野菜は砂糖漬けやピクルス、乾燥させて保存します。夏はたくさんのトマトを瓶詰めして保存できるようにします。秋には、オリーブを収穫して塩漬け。自社農場を持つイタリアのレストランでの修行経験が大いに役に立っています。

昔から伝わる知恵を生かす

都会になくて自然豊かな地方にあるものは何かと考えたとき、ひとつは「食べものが持つ時間」ではないかと考えています。

「食べものが持つ時間」というのは、作物が育つのにかかった時間です。

野菜の種まきから収穫まで自分たちでおこなっているので、ひとつひとつの野菜が、料理になるまでにどれだけ時間がかかっているのか肌身で感じていると言います。育つまでの時間を野菜と共有している分、自分ができる最善の使い方をしたいと思うし、たくさん収穫できたら多いなりに、少ない時期には少ないなりの工夫をすることで、新しい発想も生まれてきます。

食べものと時間を共有するという生活スタイルができ上がり、それが料理だけでなく、ゲストがお店で過ごす時間にも反映されているようです。

今は、都会で暮らす人が増えて、「食べものの持つ時間」を実感することが難しくなっているかもしれません。忙しくて食事に使う時間も減る傾向にあります。そうした中で、1日1組、好きな時間に来てもらって、3~4時間かけてゆっくり食事をする――「何が豊かか?」を考え、改めて食生活を振り返るきっかけづくりの場にしていければと、小林シェフは思っているのです。

「ヴィラ・アイーダ」が示した地方レストランの可能性

「ヴィラ・アイーダ」は、2021年度「アジアのベストレストン50」で初登場ながら100位内の入賞を果たしました。入賞するのは日本では都心にあるレストランばかりでしたから、地方で夫婦2人だけでやっているレストランが入ったことは快挙だと言えます。今後レストランのシェフに求められていることは、質にこだわりつつも、フードマイレージがかからない身近な素材でいかに独創性のあるひと皿にするかということなのかもしれません。地方レストランには、食の生産現場と隣り合わせにあるからこそ見えてくるものがあるのです。

愛媛県のピッツェリア「SELVAGGIO」の試みから

もうひとつ、地方レストランの可能性を感じさせる取り組みを紹介しましょう。

愛媛県松野町の限界集落といわれる目黒集落に2020年3月、森の国「水際のロッジ」に併設される形でオープンしたピッツェリア「SELVAGGIO」があります。昨秋、一般社団法人日本サステイナブル・レストラン協会のイベントで、その存在を知りました。

料理長を務めるのは、北久裕大さん。ナポリピッツア世界大会で優勝した岩澤正和さん(東京・練馬区の「Pizzeria Gitalia da Filippo」)の元で修行を積みました。今ではホテル客のみならず、ピッツァを食べに遠方からわざわざやって来る人が増えているそうです。

地域で実践するサーキュラーエコノミー

店の裏手には、生ごみを水に変えることのできるコンポスト処理機を設置。可燃ごみとして出す生ごみはほとんどありません。

ピザ窯に使う薪には、地元の間伐材を使用。薪灰は、愛媛県内にある砥部焼の窯元に持って行き、皿をつくる原料として循環させています。

ピッツアにのせる食材はすべて、近隣の農家や牧場で育てられた顔の見える地元生産者から仕入れています。「田舎だとそもそも市場も八百屋もないので、直接生産者のところへ行って仕入れるしかありません。何度も通って生産者と顔を合わせ、一緒にご飯を食べたりして、ようやく心を開いてもらえるようになりました」と、北久さん。顔の見える関係が結果的にはフードサプライチェーンの透明化につながり、よい循環へとつながっています。

無農薬野菜をつくるには、地域全体の協力が不可欠

ワラビの調理法をはじめ、郷土料理の作り方も、地元の農家から教わりました。いまは地元で畑を借りて、自らも無農薬野菜をつくっています。

「畑仕事がどんなに大変なことなのかを身をもって知りました。農地は土と水でつながっていますから、どこかひとつでも農薬や除草剤を使っていたら無農薬野菜は作れない。地域全体で力を合わさないと、不可能なのです」。そんな北久さんの言葉がとても印象に残っています。

「地産地消」を改めて見直す

「ヴィラ・アイーダ」と「SELVAGGIO」という2つの地方レストランの取り組みを通して、気づかされたことがあります。食料を安定的に確保し、サーキュラーエコノミーを維持していくには、「地産地消」が基本になるということです。

1990年代、東西冷戦が終わって地政学リスクを考慮する必要がなくなると、食料の確保をどうするかは、経済合理性で判断すればよくなりました。生産性の高いところで大量生産し、安い原油を使って大型船で運ぶ……海外での農業生産拡大に協力し、輸入を安定させれば、食料の安全保障が担保されるとの考え方でした。

ところが、中国を中心に需要が拡大する一方、気候変動で供給が不安定になり、ロシアのウクライナ侵攻という地政学リスクが加わりました。食料供給システムの脆弱性がいま、浮き彫りになっています。

国連食糧農業機関(FAO)が毎月公表している食料価格指数は、2020年6月ごろから上昇傾向になり、2022年3月平均で159.3ポイントと、2か月連続で過去最高を更新しました。その後も、穀物、肉類、乳製品などすべての品目で騰勢が収まる気配はありません。

また、世界が脱炭素化にかじを切り、石油生産への投資が減ったことなどで原油価格は上昇。農業機械の燃料や化学肥料、農薬、ビニールシートといった農業資材は石油製品ですから、原油の値上がりが食品の価格に影響しています。

いまこそ、食の未来に向けて、「地産地消」を改めて見直すときではないだろうか……2つの地方レストランの取り組みが、私たちにそう問いかけているような気がします。