
カーボンニュートラル・脱炭素を目指し、大きな変革を求められているモビリティ燃料。
化石燃料に代わる新燃料として大きな期待が寄せられているのが「電気燃料」「水素燃料」「バイオ燃料」の3種だ。
新燃料導入の背景と電気燃料について整理した前編に続き、後編である今回は水素燃料・バイオ燃料の現在地を確認するとともに、どの燃料が社会実装と脱炭素の両面で有効なのかを検証していく。

クリーンエネルギー水素燃料の盲点
ーでは次に、水素燃料について教えてください。
新井 理想的な水素エネルギーは、水を電気分解して生成するグリーン水素です。
夢のクリーンエネルギーと位置付けられており、大きな期待が寄せられています。
これは天然ガスのように燃焼させて使用するのですが、化石燃料と違ってCO2の発生が伴わないため環境への悪影響がありません。
ー脱炭素に直結する素晴らしい燃料ですね。注目が集まる理由もわかります。
新井 非常に関心は高まっていますが、知られていないこともあります。
それは、水素燃料はグレー水素・ブルー水素・グリーン水素の3つに分類され、それぞれ全く異なるということ。
そして、理想的なグリーン水素はまだまだ未来のエネルギーであり、実用化が遠いということです。
ーなるほど。ではまずグレー水素とブルー水素について教えてください。
新井 グレー水素・ブルー水素は原料である化石燃料から水素を抽出するのですが、いずれもその過程でCO2が発生します。
その後、CO2をそのまま大気に放出するのがグレー水素、発生したCO2を科学技術で地中に埋めるのがブルー水素。
つまり、後始末の方法が異なるだけで、生産工程でCO2が発生するという意味では脱炭素に直結するとはいえません。


水素燃料実用化までの高いハードル
ーひとくちに水素エネルギーといっても全てがよいわけではないのですね。
新井 はい。先ほどもお伝えしたようにCO2が発生しないものはグリーン水素のみなのです。
しかし、グリーン水素を実用化するためには技術的に大きなイノベーションが必要で、まだ本当に社会に実装できるかどうかが曖昧な状態です。
さらに、水素自動車は既存のガソリンスタンドといったインフラが転用できず、そのための設備を新設しなければならないといった課題もあるのです。
世界中に水素ステーションを新設しなければならないとなると投下コストも莫大です。
この点も難点といえるでしょう。
ー先ほどグリーン水素は生成段階で電気を使用すると伺いました。電気をそのまま燃料として使えば新たなイノベーションは不要な気もするのですが。
新井 電気自動車のインフラはだいぶ開発されてきていますので、その方がスムーズという意見もあります。
しかしお伝えした通り、電気には貯蔵が難しいという弱点があります。
一方で水素燃料であれば貯蔵面での懸念点がなく、タンカーなどでも運べるといった輸送上の大きなメリットが生まれます。
また、グリーン水素を推進したいもうひとつの理由が、特定の業界で大きな効果が生まれる可能性があることです。
例えば、石油化学コンビナートでは既に、ある業務プロセスで排出される廃水素が他のプロセスに転用されています。
他にも、鉄鋼業界では鉄を作るプロセスで使用する石炭を水素に代替することで大幅な脱炭素に繋がるとして、注目が集まっています。
ーでは、やはり水素燃料の実装にも取り組んでいきたいということですね。
新井 とはいえ、インフラ転換に伴うコストや開発難易度の高さを考えると、実用化までにはかなりの時間を要するという印象を持っています。
最終的には先ほど伝えたような特定の場面だけで使われる形に落ち着くのかな、と考えています。

現実的な脱炭素燃料=バイオ燃料
ーでは最後に、バイオ燃料について教えてください。
新井 バイオ燃料は、石油の代わりに廃食油やトウモロコシといった生物由来のものを使った燃料です。
最近ではミドリムシをバイオ燃料の原料にする開発も進んでいます。
特に廃食油の活用については進歩が著しく、廃油に携わる業者の方が飲食店などから回収したものを徹底的に濾過し軽油に混ぜることで、新たな化石燃料の消費を抑制することに成功しています。
本来捨てるはずだった廃食油をリサイクルでき、それが化石燃料の使用量を減らせるという点で、本当にメリットが大きいですね。
ー化石燃料の使用が抑制されるということは、カーボンニュートラルや脱炭素に直結するように感じるのですが。
新井 まさにおっしゃる通りです。
化石燃料は、太古からの遺産を掘り起こし燃やすことで、現代社会で排出されるはずのなかったCO2が地上に表出してしまい、その点が問題視されています。
それに対して、例えば菜種などからつくられた食用油は、植物が成長する過程で二酸化炭素を吸収しているので、仮にそれが燃えてCO2を排出したとしても差し引きゼロのカーボンニュートラルと位置付けられます。
そういう意味で、燃やされる化石燃料を減らす最も現実的な代替燃料は、現段階ではバイオ燃料といえるでしょう。
ー既に実用化されているのですか?
新井 大きなテクノロジーの進化が必要な電気や水素と異なり、既に実用化できている点がバイオ燃料の素晴らしいところです。
特に海外では実用化が大きく進んでおり、例えばEUではジェット燃料に何%までバイオ燃料を混ぜなければいけないといった形で法整備が進んでいます。
既存の燃料タンクやエンジンをそのまま使うことができるため導入が非常にスムーズで、そこも大きなメリットですね。

バイオ燃料がベストか?
ーでは、バイオ燃料には課題はないのですか?
新井 課題がゼロとはいえません。
まず、好事例として挙げた廃食油由来のバイオ燃料についても、廃食油自体の量に限界がありますので、量産への難しさがあります。
また、今のところは軽油の代替燃料であり、ディーゼル車・ジェット・船舶といった一部のモビリティにしか利用できないという点があります。
また、生物由来の燃料だからこそついて回る課題もあります。
例えば、トウモロコシ由来のバイオ燃料をつくることになった場合、まず、飢えに苦しんでいる方々が存在する以上、そのまま食用として利用すべきでは?という飢餓についての問題が関係してきます。
また、食用以上の量のトウモロコシをつくるとなると、農地を広げるために森林伐採が必要になるといった陸の豊かさについての問題が関わってきます。
ーなるほど。確かにそうですね。
新井 とはいえ、現実的に実装することができており、しかもCO2の排出量を下げられるという意味では、CO2排出量の低下や社会実装に課題がある他の2つの燃料よりも、バイオ燃料は確実に先に進んでいます。
先ほどお伝えした廃食油の量的な限界についても、廃食油以外のもので希釈する方向に進んでいます。
ミドリムシを使用したバイオ燃料をつくっているユーグレナという企業では、ミドリムシ由来の燃料に廃食油をブレンドする方向で取り組んでおり、今後さらに加速度的に活用は進んでいくでしょう。
課題がないとはいいませんが、これからの発展がおおいに期待できる新燃料だと思います。
ーでは最後に、新井さんが考えるこれからの理想のモビリティ燃料は?
新井 まず、インフラの問題で水素は特定用途に絞られると思います。
ですので、電気燃料とバイオ燃料が中心にポジショニングされていくでしょう。
ただ、電気は再生可能エネルギーの浸透が前提な上、貯蔵に関する技術的な問題もありますので、ちょっと実用化までのハードルが高い。
ということで、現段階ではバイオ燃料が理想的であり現実的な新燃料だと思います。
今後も社会にバイオ燃料がどんどん広がっていくとよいですね。
