海外で広がる「カーボン・インセット」とは?

自社のサプライチェーン(バリューチェーン)内で、関連のある企業と連携して温室効果ガス(GHG)の排出量を減らす仕組み「カーボン・インセット」が広まりつつあります。現在のところ、海外の企業が中心ですが、日本でも関心を持つ企業が少なくありません。「カーボン・インセット」とは何か、良く知られている「カーボン・オフセット」とはどこが違うのか、事例を紹介しながら考えてみます。

1)「カーボン・オフセット」なら知っている?

「カーボン・インセット」についてご説明する前に、「カーボン・オフセット」ならば聞いたことがあるという人は多いのではないでしょうか? 

私たちが日常生活を送っているなか、二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガス(GHG)の排出は避けることができません。

パリ協定では、産業革命以前に比べて、世界の平均気温の上昇を2℃以下に、できる限り1.5℃以下に抑えるという目標が示されています。(1.5℃|eco scope | ecojin(エコジン):環境省 (env.go.jp))気温上昇を1.5℃に抑えるためには、2030年までに2010年比でCO2排出量を約45%削減する必要があると言われています。

ちなみに日本は、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を掲げ、大幅なCO2削減を目指しています。
排出量の削減に努めながら、それでも出てしまうCO2は森林などに吸収させて削減しようというのが、「カーボン・オフセット」の基本的な考え方です。環境省は2012年に「カーボン・オフセット制度」(カーボン・オフセット | 地球環境・国際環境協力 | 環境省 (env.go.jp))を制定、日本でもさまざまな分野の企業がカーボン・オフセットあるいはカーボンニュートラルの活動に取り組むようになりました。

2)「カーボン・インセット」とは

では、「カーボン・インセット」とはどういう仕組みなのでしょうか? 「カーボン・オフセット」とどこが違うのでしょうか?

「カーボン・インセット」は、企業が自社のサプライチェーンでステークホルダーなどと連携するなどして、CO2の排出量を削減する仕組みです。

「カーボン・オフセット」では、自社のサプライチェーンと必ずしも関係のない企業と連携し、たとえば再生可能エネルギーのクレジットなどを購入して自社で排出するCO2を相殺(オフセット)します。ここで削減するCO2は、自社事業には直接関係していません。環境NGOの英国のグリーンピースは、「カーボンクレジットの購入は、ビジネスのやり方や行動を変えることなく汚染を継続させる安易な方法」と厳しく指摘しています(Greenpeace says carbon offsets are “greenwash” and should end – DCD (datacenterdynamics.com))。

一方、「カーボン・インセット」の場合は、アグロフォレストリー(農林混合経営)や植林、再生可能エネルギー事業など自然を基盤とした解決策を通して、自社のサプライチェーンでおこなうのが特徴。

アグロフォレストリーは、植林し、森を管理しながら同じ土地で野菜を育てたり、家畜を飼ったりする手法で、事例として最も多く見られます。企業は自社のサプライヤーが依存する生態系に投資して、回復力を高め、サプライチェーン(バリューチェーン)を取り巻くコミュニティに利益を提供していきます。

たとえば、農家が森を管理しながら、野菜を育てることでCO2を吸収し、同時に野菜を取引先に納入します。植樹した樹木が成長すると木材としても利用できます。地域の生物多様性を回復するだけでなく、地域の生産者の生活支援、サステナブルなコミュニティ強化にも寄与します。このように「カーボン・インセット」は、企業とサプライヤー全体、そして生態系の持続可能性を高めていると言えます。

「カーボン・インセット」は、サプライチェーン全体で取り組むので、その投資を組織の中で循環させることが可能です。関係者全員がCO2排出量削減に対する価値を共有するため、地域社会に対してポジティブな影響を与える効果的な方法とされています。

3)「カーボン・インセット」誕生の経緯

企業が環境問題に取り組んでいることを示す目標設定のひとつに、「SBT(Science Based Targets=科学的根拠に基づいた目標設定)」があります。ここで言う「目標設定」とは、前述したパリ協定で定められた「気温上昇1.5℃目標」を指します。

SBTでは、温室効果ガス(GHG)の排出量を3つに分類していて、「Scope1」は事業者の直接排出(燃料の燃焼、工業プロセスなど)、「Scope2」は間接排出(他社から供給された電気、熱、蒸気の使用)。「Scope3」は、「Scope1」や「Scope2」以外で発生する排出量、つまり、サプライヤーから廃棄事業者、フランチャイズチェーンの活動、社員の出張や通勤などを含めた全体の排出量を対象としています。(SBT_syousai_01_20220317.pdf (env.go.jp)

2011年11月、新たに「Scope3」の基準ができたことで、「カーボン・インセット」の動きが世界的に加速し始めました。
また、2013年12月、国際組織「IPI (The International Platform for Insetting=国際インセットプラットフォーム」(本部フランス)(Insetting Explained – IPI (insettingplatform.com))が設立され、「カーボン・インセット」のガイドラインを発表。国際的な企業の関心度がぐんと高まりました。ガイドラインでは、より多くの企業が「カーボン・インセット」に取り組めるよう、事例の紹介、ステークホルダーとの協力方法、外部パートナーの活用方法、資金調達の方法などについてまとめています。

4)「カーボン・インセット」に取り組む企業の事例

バーバリーやケリング、シャネルなどのラグジュアリーブランドや、ネスプレッソやロレアルなどの国際企業は、「カーボン・インセット」の取り組みに熱心です。(Chanel, L’Oréal and Nespresso embrace this novel decarbonization approach | Greenbiz)2010年代半ばから、前述した国際組織IPIに加入するなどして、さまざまなアクションを起こしています。具体的に紹介していきましょう。

バーバリー

フランスのフェアトレード推進企業「PUR Project」と連携し、コレクションの発表を含めさまざまな活動を実施。2040年までにCO2の排出量よりも削減量が多い「クライメイト・ポジティブ」達成を宣言しています。(バーバリーが宣言 CO2削減が排出を上回る「クライメート・ポジティブ」へ – WWDJAPAN

オーストラリアの羊毛生産者と提携して環境再生型農業を実践。森林火災によって打撃を受けたオーストラリアの土壌修復を目標に掲げ、CO2の排出量が少ないよりサステナブルな輸送手段への切り替えを呼びかけています。

ケリング

ケリングは、グッチやサン・ローランなどの著名ブランドを傘下に持つフランスの大手ファッション企業体。製品生産過程で古代林など危機的状況にある森林から調達した原料は用いない、2025年までに主要原料のトレーサビリティを100%にするなどの目標を掲げています。2019年にGHG削減の対象を「Scope3」すべてに広げ、多量のCO2を相殺しつつあります。

フランス領ギアナでかつて金の採掘地だった地域の森林再生プログラムを支援。また、アマゾンの約120ヘクタールの熱帯雨林に20万本を超える苗木を植えるプロジェクトの実施など、海外での活動も活発です。

2020年に自然再生基金を設立し、農地として使われている100万ヘクタールの土地を、今後5年間で環境再生型農業へと転換させることを目指しています。

ロレアル

フランスに本部を置くロレアルは、世界最大手といわれる化粧品会社。サプライチェーンの原料購入の一部を脆弱なコミュニティの人々の雇用や投資にあてる支援プログラムを、2010年からスタートしました。現在、ブルキナファソ南西部のコミュニティと連携した、シアバターの持続可能な調達プログラムを実施しています。

シアバターは保湿や柔軟剤として、同社の多くの製品で使用されています。原料となるシアの実を湯煎するために、従来の石を積んでつくる「3石コンロ」の代わりに、改良型コンロの導入を進めています。これにより、燃料薪やコンロから排出されるCO2の削減につながり、2019年には、5000トン以上の木材の伐採を回避、また1万トン以上のCO2排出量の削減を達成しました。

ネスプレッソ

ネスレグループの1ブランドで、カプセル式コーヒーを提供しているネスプレッソは、「2022年までに全てのコーヒーをカーボンニュートラルに」という目標を掲げ、サプライチェーンを含めたグループ全体でのGHG削減を目指しています。(Our 2020 goals and ambitions – Nespresso The Positive Cup

バーバリー同様、「PUR Project」と連携、コーヒー生産地であるコロンビア、グァテマラ、エチオピア、コスタリカなどのコーヒー農園とその周辺に1000万本の植樹をおこない、森林の保全と再生を支援。生物多様性の保全、土壌の健康を維持することで、より質の高いコーヒーの生産にもつなげています。また、樹木を育てることで、天然の炭素吸収源を生み出し、サプライチェーン上で削減できないGHG排出量を補っています。

水源と急勾配のコーヒー農園の侵食を保護するように設計されていて、安全な水の供給に効果が出ています。さらに、コロンビアでは、政府や農業協同組合と共に小規模コーヒー生産者向けの退職基金を設立。コーヒー生産者の生活を安定させ、持続可能なパートナーシップを築くように努めています。

シルバー・ファーン・ファームズ

ニュージーランド最大の食肉生産企業「シルバー・ファーン・ファームズ」の取り組みも注目に値します。

同社の牧草を食べて育った牛の赤身肉は、食感が良くて栄養豊富だと日本でも人気がありますが、米ニューヨークとロサンゼルスの2都市のスーパーマーケットで、新しい試みをスタートさせました。生産段階でのCO2排出をゼロに抑えた「ネット・カーボン・ゼロ・バイ・ネイチャー」ブランド(Silver Fern Farms announces Net Carbon Zero Angus Beef | Silver Fern Farms)のアンガス牛の販売です。

「ネット・カーボン・ゼロ・バイ・ネイチャー」ブランドの製品は、「カーボン・インセット」の方法で生産しています。つまり、製品のCO2排出量を相殺するにあたって必要なカーボンクレジットを、牛を飼育する農場内で作り出しているのです。

ニュージーランド環境省によると、同国内のGHGのうち約半分は牧畜業・農業からの排出。主な排出源は家畜の消化器官から発生するメタンで、ほぼ4分の3を占めています。また牛からの排出量は、実に96%もが農場由来であることもわかっています。

シルバー社のサイモン・リマ―CEOは、「CO2排出量の管理は私たちの責任。排出したCO2は外部に転嫁するのではなく、農場自らが相殺すべき」と意気込みを見せています。

同社では、クローバーやライ麦など農場の多種の植生が、どのくらいCO2を吸収し、大気中への放出を抑制しているかを、マッピングして測定してきました。測定には、AIソフトと人工衛星を用いて農場内の植生を0.5メートル単位で測り、個々の農場が持つ炭素固定能力を計算します。

各農場の状況を詳細に把握することで、農場のCO2排出量と吸収量のバランスをどのように取るか、つまり、「カーボン・インセット」実現にはどうすれば良いかを検討しています。排出量が多い場合、農場は植林や植生の復元をおこなって、CO2相殺に努めるわけです。

同社では「ネット・カーボン・ゼロ・バイ・ネイチャー」ブランドの食肉製品を順次拡大していくそうで、日本のマーケットにも登場する日がまもなく来るかもしれません。

5)「カーボン・インセット」は広がるか?

現在までのところ、多くの企業が導入しているのが「カーボン・オフセット」ですが、先進的な企業はCO2削減に向けて、「カーボン・インセット」に目を向け始めています。

「カーボン・インセット」という自然をベースとした解決策を用いれば、今後10~15年で、「気温上昇1.5℃」という目標達成に必要な削減量の3分の1以上が提供できると言われています。「カーボン・インセット」は、脱炭素に関して野心的な目標を掲げる企業にとって、効果的かつ戦略的なアプローチとして今後広がっていくに違いありません。