自然界には我々を救う答えがある

人類は快適さを求めて環境資源を破壊し始め、今この瞬間もなおCO2排出量は増え続けている。

(出典:温室効果ガスインベントリオフィス/全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト https://www.jccca.org/

しかし、こうした破壊的な現状においてただ手をこまねいているだけではない。科学者たちは環境汚染や地球温暖化に歯止めをかけ、持続可能な社会を目指さんがために新技術を開発している。こうした技術すべてが科学者たちによって無から生み出されているわけではない。今回は、何十億年と地球が育み維持してきた自然のメカニズムから学び取った、ユニークかつ環境に優しい技術について見ていこう。

建築業界における新技術

スイス、チューリッヒ近郊には、最先端の3Dプリント技術を駆使して作られたスマート住宅が存在する。「DFAB HOUSE(ディファブハウス)」はSFの世界を現実にした環境に優しい建築物だ。最小限の資材で作られるため、世界のCO2排出量の8%をも占めるセメント/コンクリートの使用量を削減している。コンピューターの計算による工学的骨組みによって、耐久性がありながらも従来の建築物に比べコンクリート使用量を60%削減することに成功している。このような最新技術を活用した建築技術は世界中から注目されている。

サウジアラビアでも3Dプリンター技術を利用した建造物が作られている。これは環境配慮だけが理由でなく、資源不足の問題への対応にもなっている。またポーランドでも少ない資源で作られたユニークな形の超軽量高層ビルがデザインされている。

(出典:eVolo

折り紙から着想を得たこの建物は、折り紙やアコーディオンのように折りたたむことでコンパクトでどこにでも持ち運びができ、最小限の時間と人員で展開できる構造を提案することで、災害地域などで活用することが想定されている。

新技術によって実現されるのは、既存の建築資材の省資源化だけではない。最新の技術とクラシックな素材の組み合わせでサステナブルな建造物を作ることが可能なのだ。イギリスのケンブリッジ大学では、世界一高い木造の高層ビルが設計されている。300メートルに達する塔はCO2の排出量を削減できるように考えられている。さらにイギリスにはコルクで作られた家も存在する。コルク片を熱して圧縮したブロックで作られており、リサイクルしたり分解する事もできる。進歩したテクノロジーによって、有機的な素材の新しい利活用が広がってくる。

(出典:Cork House

自然から学ぶバイオミミクリー

建築において「Bio Mimicry(バイオミミクリー)」という考え方がある。直訳すれば「自然を模倣する」という意味で、これは持続可能なデザインを創造するために、自然界の優れた形質を模倣するべきという概念だ。有名な例で言えば、JR西日本の新幹線の先頭は水しぶきを上げずに獲物を捕らえるカワセミのくちばしを模倣して設計されており、空気抵抗を減らしている。人類文明よりも遥か昔から生き残ってきた自然界の知恵を拝借することでより良い生存方法を探るとともに、緑あふれる社会を後世に残していこうという考えは、ときに思いもよらないものから発想を得る事もある。

例えば、水中にありふれたある生物を利用することでCO2の排出を削減できるかもしれない。藻類は今から27億年前に光合成、太陽光を使って大気中からCO2を吸収し、酸素を生み出すという能力を獲得した。我々はこの光合成という化学現象をもはや当たり前のものと慣れきってしまっているが、こんなにも特筆した能力を持った生物は他にない。

ロンドンのある建築家は、藻を原料としたバイオジェル素材を発明している。「PHOTO.SYNTHETICA(フォト・シンセティカ)」と呼ばれる鮮やかな緑色のジェルを組み込んだカーテンを建物の壁にかけることで、藻の力で大気中のCO2を吸収してくれる。これを活用した建築では毎日4kgほどのCO2を吸収しており、これは25本の木の光合成量に匹敵する。
他にもどこのご家庭でも捨てられているニンジンの皮に含まれる繊維を集めて加工しコンクリートに混ぜ込むことで、今より頑丈で環境に優しい建築素材を作るユニークな研究もある。これまで地球環境を維持してきた生物のメカニズムを解明し役立てることが、人類社会を持続させていく解の1つと言えよう。

人類にとっての「諸刃の剣」プラスチックとの付き合い方

有機物の正反対に位置するもののひとつがプラスチックだ。我々の生活はプラスチックなしでは成り立たない。しかし既に周知されているように、廃棄されたプラスチックは地球環境を悩ませる種の1つでもある。地球上ではいま年間3憶トンものプラスチックごみが廃棄され、その内90%は再利用されておらず、うち800万トンは海洋流出しており、世界で最も孤立した大陸、北極の海でさえ見つかっている。


脱プラスチックは世界全体で取り組むべき問題であり、各国で急ぎ法規制が進められている。日本でもレジ袋有料化が記憶に新しいだろう。しかしながら、今はもうプラスチックゼロの生活など考えられない。プラスチックが引き起こす諸問題を解決するために、正しい廃棄またはリサイクル方法を見つけることは人類全体の喫緊の課題だ。

プラスチックの引き起こす問題の1つが、自然に分解されず海洋上でマイクロプラスチックとしていつまでも残ってしまう点だ。人が海に流した厄介な人工物に対して、自然界の力を利用する手段が検討されている。
2016年 大阪府堺市のごみ捨て場にて、日本の大学グループが世界で初めてプラスチックを食べる突然変異のバクテリアを発見した。以降5年の間に世界中のいくつもの土壌から次々とプラスチック分解バクテリアが発見されるようになり、科学者たちはこれら95種の微生物のデータを元にプラスチックごみを分解する酵素の開発を進めている。

(画像出典:NREL

しかし、プラスチックにも様々な種類があるため一筋縄ではいかない。その一方でプラスチックの消費量は今なお増え続け、自然への害も深刻さを増している。そこで、そもそもプラスチックを増やさないというアプローチ、すなわちプラスチックの代替となる素材の開発も進められている。

問題の解決方法は1つではない

身近なところで言えば、石灰石を主原料としたプラスチック代替素材「LIMEX」だ。現在、ヨドバシカメラのレジ袋としても使われているこの石灰由来の素材は、製造時・燃焼時ともにプラスチックよりもCO2排出量が少なく、また石灰は世界中で採掘可能な枯渇リスクの低い素材だ。

代替素材として様々な可能性を秘めていると言えるが、問題は捨てる側の意識と回収側の体制次第では、バイオプラスチックと同じく回収時にプラスチック素材と混ざることで途端にリサイクルの問題児となりえることだ。

環境配慮をしたい人が、バイオプラスチックを使ってはいけない理由

ユニークなアプローチで言えば「そもそも捨てないスキームにしてしまえばいい」というアイディアがある。イギリスでは、飲料水をペットボトルではなく可食カプセルのようなものに詰めて持ち運べる素材を開発した。海藻由来でそのまま食べられる食用膜「Ooho!(オーホ)」は、自然環境下においてわずか4〜6週間で分解されるため、ペットボトルの代替となる未来を唱えている。
同じくイギリスにて、ロブスターの殻からバイオプラスチック素材が作られている。イギリスのレストランでのロブスターの消費量から計算すると、なんと年700万枚に匹敵するプラスチック袋を作ることが出来るという。

さて、今回取り上げたものはユニークであれ、我々の身近にあるものばかりだったはずだ。コルク、藻、ニンジンの皮、石灰、海藻、ロブスターの殻。プラスチックを分解する新種のバクテリアは大阪のごみ捨て場で見つかった。
我々は進歩したテクノロジーを以って、もっと自然の生み出した資産と叡智に目を向ける必要がある。地球上にまだまだ存在する未知の生物も含めれば、人類自身が首を絞めている諸問題に対する新しい解決策がまだまだいくつもあり得ると考えるのは、楽観的だろうか。

リサーチ:TOKYOVISION