田舎暮らしのススメ 前編

東京から茨城の古民家に移住し、干し芋農家として3年目を迎える鈴木夫妻。

旧日光東海道の宿場として栄えた360年もの歴史を持つ古民家「仁連宿(にれしゅく)」を舞台に農業を始め、将来に渡って天然の芋の香り高い干し芋を作り続ける為、持続可能な農業に取り組んでいます。

複雑な思想や哲学でなしに自然な流れで移住し、干し芋づくりを始めたと語る鈴木夫妻。彼らのライフスタイルを取材することで肩肘張らない生き方と、人を惹き付ける独自の世界観が見えてきました。まずは、動画をご覧ください。

鈴木達郎(左)  東京都練馬区出身。 土づくりに強く惹かれ、現在有機農法をベースとしたサツマイモ栽培と干し芋作りに没頭中。テクノ、ノイズからスウィートソウル、ダブレゲエまで幅広い音楽を好む。 鈴木解(右)  沖縄県豊見城市出身。 犬を飼いたいがために移住した茨城で干し芋の存在を知り、その美味しさと加工工程のシンプルさ、陽の光を浴びて際立つ芋の美しさに魅了される。農産物加工と梱包が趣味。

360年の歴史ある「仁連宿」という居場所

-東京から仁連宿へ移住する経緯を教えて下さい。

達郎さん:ここ仁連宿は元々は僕の祖父の家で、小さい頃におじいちゃんの家として遊んでいたので思い出がたくさんある場所でした。それがしばらく空き家になっていたので、もう思い切って二人でこっちで暮らしてみようかって。

ここに越して来る前は会社員として7~8年くらい同じ会社で働いていました。妻は学校を出てから大学の図書館で働いたりしてたんですけど、25歳ぐらいの時にこちらに引っ越してきました。

僕らは大学生の頃に東京で出会って、二人で住んでいました。その時はまさか10年後に毎日サツマイモのコンテナを運ぶような生活をしているとは全く思ってなかったですよ(笑

-生まれ育った東京から茨城の田舎に来るのは結構な決断だと思うんですが、何がビビッときましたか?

達郎さん:僕は…今にして思うと、ここに住むことを昔から決めてて、一緒に住める人を東京で探してたんじゃないかという気がします(笑)

僕たち二人とも比較的地味な性格をしてる方なので、毎日友達と飲み歩いたり遊んだりっていう生活が好きなわけじゃないので、「東京で自分たちが求めていた遊びみたいなものは、全部この家なら体現できちゃうよね」ということはすごく感じています。

具体的には、僕の場合だと音楽が好きなので、都心のマンションよりもいい環境で聴けるとか、あらゆる面で東京より条件が良かったっていうのもあります。

自然がすごく好きなので森に囲まれた環境も良くて、決断と言えば決断だけど、わりと2人ですんなりと「やってみましょうか」みたいな感じで引っ越した気がしますね。

妻の方は、最初ここに来てもらったときに…どうでした?

解さん:私は沖縄出身なんですけど、沖縄北部のヤンバルって所に父の友人の実家兼空家があって、小さい頃そこに通っていた経験があったので、初めてここを見たときにすごく近いなって思いました。ヤンバルのジャングルの中でさつまいもをエサにエビを取ったりして楽しかった思い出が蘇ってきてとてもワクワクしました。

それで、親戚の中で仁連宿の管理に無理が生じていて家を閉じるという案が出ているという話を聞いた時にすごくもったいないなと思いました。こういう場所はとても貴重でどんどんなくなっていくので、どうにか残したいと思って移住を決めました。決断はそんなに難しいものではなく、すんなりと決まりました。

都内のライフスタイルとこっちを見比べたときに、私は犬が飼いたいとか、達郎さんは音楽が好きなんで大きい音で聴きたいとか、そっちの方が大きかったので、自然にここに住むことになった感じです。

-実際住んでみていかがですか?

達郎さん:仮に他所で何かあっても「でもウチなら大音量で音楽聞けるしな」みたいな心の余裕が常にありますし、家があるからこそ安心して色々できるので、少々大げさですが心の拠り所になっているっていう気がします。

逆に言うと、この家以外は周りに何もないんです。東京だと家は小さいけど駅前に行けば商店街があって、そこに集まる人達がいて、その街での行動を含めて暮らすみたいな感じですよね。ですが、こういう少し田舎の方だと街というものが成立しないんです。

例えば居酒屋に行くとか、本屋さんに行くとかの個々の店が全部離れてて1つのコミュニティとしてあるわけではないので、一箇所で完結しないんですよね。だからそこはライフスタイルから切り離さなくちゃいけなくて、例えば「飲みに行きたいな」って思っても気軽に行けなかったりすることはあります。ですが、「その全部の機能を自分の家で完結させてしまおう」みたいな思いがあって、飲みに行く代わりに近所の人みんなで家に集まって飲むことができるし、クラブへ行きたいと思っても家で音楽を聴けば、まぁ済む話ですから。

-家自体が街の機能を果たしている?

達郎さん:そうですね。だからもっと色んな人に来てもらって、仁連宿の色んな使い方を提案してもらったりするといいのかなと思ってるんですけど…

さっき街の機能をここに移すって言ってたのは、自分だけの家じゃない感覚みたいなのもあるので、あまり自分たちだけで暮らしてるっていう風にも思っていなくて、せっかく古民家の姿で残ってる家なので、その良さを活かして色んな使い方をしてもらいたいみたいなのは絶えず思ってることですね。

歴史の流れのある仁連宿を舞台に「遊ぶ」

-例えばどんな使い方?

解さん:今は古民家の雰囲気を活かして撮影スタジオみたいな事もやっています。スタジオ業をやっていていちばんおもしろいことは、スタジオを利用してくれた方の作品を見られることです。仁連宿の空間の新しい可能性を感じさせてもらえるので今後もスタジオ業は続けていきたいです。

達郎さん:他にも、自分の場合は音楽が好きで、日本家屋って気密性がないので音の抜けが良くて、リスニングに向いていたりっていうのも利用法の一つだと思いますし、ゆったりと時間が流れるので「精神と時の部屋」みたいに家に籠もって執筆する人がいてもいいし、めちゃくちゃ勉強する人の合宿とかいいんじゃないかなって思います。あとは昔っぽい情緒を活かして夏のあいだ誰かがかき氷屋さんをやるだとか。

やっぱり「家が生きている状態」であることが大事だと思います。歴史ある建物だけど、史跡とか遺跡みたいな感じにしたくないというか、住んでみて初めて「あぁ、昔の人は多分こうやってたんだな」っていう気付きがあるので、色んな人に来てもらって実際に寝泊りして食事をしたりして…もう360年も残っている家ですけど、時代ごとに読み替えがきくというか、使い方はその時々で変わっていいと思うんですよね。多分、そうしても根本にあるものは変わらないので。

例えば、普段使わない屋根裏に上がると養蚕をしていた形跡とかがあって、未だに初めて知ることがあったりするので、色々な人に寝泊まりしてこの仁連宿を使ってもらうことで、想像もしなかったアイディアが生まれるんじゃないかと思います。

-仁連宿の一番の魅力は?

達郎さん:長く続いてる歴史の中でこの家がずっとこのままの姿であり続けていることを、柱や梁なんかを見て感じることができるので、自分が今生きている事もその長い歴史の中の一部分だということがわかり、都会で暮らしてる頃にはなかった安心感があります。その安心感のもと「昔はこの家をこう使っていたけど、今は私達が干し芋を作って社会と関わりながら使ってみる」っていう、大きな流れのある仁連宿を舞台に遊ぶことができるのが、一番の魅力だって思っています。

こういう暮らしをしていると、余計なものの少ないミニマリストみたいな生活を想像される方もいるんですけど、僕はよく物を買うし、バンバン物を増やしたいタイプです。本とか、レコードとかたくさん買います。「和モダン」とか「古民家風」とかそういうの実は別に好きじゃなくて、ずっと変わらない形の家にいま私たちがここで暮らしているんで、好きなモノとこの家の昔から使ってるものとかをミックスさせた方が面白いんじゃないかなって思ってます。

-お二人が日常の中で大事にしている時間は?

達郎さん:日常的にはやっぱり農家の暮らしって本当に常に仕事に追われているっていう状態なので、僕がすごく大事にしているのは犬の散歩の時間かなと思います。

猟犬に使われるような犬種なのでかなり運動量が多くて朝と晩に妻と手分けして散歩に連れていくんですけど、一番身体的にも脳みそもリフレッシュできる時間なので、すごい大事な時間です。

そこでちょっとクールダウンできるというか、なので自分の健康のリズムでもあるし、すごくそれは自分にとっては大事な時間ですね。

解さん:そうですね。すごく忙しい作業に追われる日々なので、食事を大切にしたいなと思っています。毎日はなかなか体力的にも難しいんですが、1週間のうちで何回かでもしっかりご飯を美味しいものを作って食べるのを大切にしたいですね。

農家をやっているとみんなそうなんですけど、自家消費用の野菜を畑の片隅とか家の庭先の隅の方とかでちょっと育ててるんで、なんだかんだ野菜が絶えず穫れますね。今だったら大根をちょっと抜いてきて、じゃあ今日はこれで何か作るみたいな感じでできるので、それはすごく贅沢なことかなって思いますね。

 

後編に続く

 

2020.10.31

取材協力:仁連宿 https://niresyuku.com/