オリンピックに土地を奪われた民族

東南アジアに位置するボルネオ島。インドネシア・マレーシア・ブルネイの3カ国がそれぞれ領土を持つこの巨大な島は、日本の約2倍に相当する面積を持つ。島の大部分は熱帯雨林に覆われており、その森林の豊かさから南米アマゾンと同じく「地球の肺」と呼ばれる。その中にはオランウータンをはじめ貴重な動植物が数多く生息し、地球上のおよそ6%もの種が存在するとも言われている。

4,000年も昔からこの壮大な自然とともに暮らしてきた先住民族が「ダヤク諸族」だ。そして、現在そのダヤクが代々受け継ぎ守ってきた森を奪い、顔も知らない彼らの暮らしを脅かしているのは、我々日本人かもしれない。

ボルネオに住まう先住民族の談

ボルネオ島の面積の7割を占めるのはインドネシア領だ。インドネシアではここをカリマンタン島と呼ぶ。その内陸部に住むダヤク諸族は、かつて自然と共に常に島内を移動しながら生活をしていたが、1945年のインドネシア独立以降、国家開発のためによりアクセスしやすい川岸周辺に定住することを政府に強制された。そして現在進行系で、彼らの土地はいくつもの企業によって奪われているという。

ダヤク諸族 出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

島の中部・東部にあたる土地に住むのは、ダヤクの中でも「バハウ族」と呼ばれる者たちだ。彼らバハウ族の土地はいま略奪され、危機にある。当初、伐採業者はバハウ族と土地の交渉をしたが、売る気はないと拒否されるやいなや、業者は様々な手段で土地を奪いにかかった。インドネシア政府との繋がりを利用し、実際に住まう原住民の合意をよそに土地を購入するようになったのだ。

「伐採業者はインドネシア政府とともに独自の地図を作ってバハウの住民に見せてきたというが、それは見たことも聞いたこともない区割りだった」そう語るのは、バハウ族の村「ロング・イスン」の村長だ。彼らの土地の概念は、農作用や漁猟用、または儀式用などそれぞれの役割が与えられているものだ。彼らにとって、そもそも土地の境界線とは紙の上にあるものでも人が定めたものではなく、自然が定めるものなのだ。

周辺地域の自然保護活動家のリーダーであるロング・イスン村の青年は、かつて伐採業者で働いていたと語る。給与は高かったが、彼らの「仕事」を目の当たりにすることで、自然破壊を代償にして儲けることは罪だと悟り、再び自然保護活動を開始したという。「私達の先祖は森の恵みだけで生活が出来ていたのだから、我々も、孫もその子孫も同じように暮らせるはずだ」と語る彼ら自然保護活動家は、生活のほとんどの時間をジャングルで過ごし、その広い知識から人々に尊敬されている。

彼らの学んできた古くからの知識には、見習うべき点が多くある。例えば、カカオの循環型の農業の仕組みだ。シーズンによって栽培するエリアを変えて土壌を十分に休ませる彼らの農業循環サイクルは、1箇所あたり35年もかかる場合がある。つまり一つの世代のうちには全く触れないエリアが存在することになる。しかし、こうした持続可能な農業では、土地のごく一部に伐採の手が入るだけで循環が壊れてしまうし、実際、この農業は崩壊目前だ。ロング・イスン村の最寄りにあるナハ・アルク村の人々は伐採業者に不当に農地を奪われたことで、生活のためにロング・イスン村の土地で働くしかなくなった。

 

土地は誰のものなのか

なぜナハ・アルク村の人々は土地を奪われることになったのか。
彼らは企業と交渉して森林伐採に係る契約に合意したが、裏切られたのだという。その伐採業者は年間125,000㎥の木材を伐採していたが、自治体や当局には80,000㎥だと過少申告していたのだ。先述したロング・イスン村の自然保護活動家のリーダーは、伐採業者で働いていた当時、実際にこの隠蔽書類の作成に加担したそうだ。

だがその事実を政府に訴えたところで何も変わらない。彼はその後会社を辞め、環境保護活動を始めてから「ダヤク族の土地を奪うべきでない」と会社へと直訴しに行った結果、警察によって逮捕され109日間も不当に拘束されたのだと語る。

この通り、インドネシア政府は決して健全とは言えない。政治家は自身の利益のためにこうしたローカルコミュニティを犠牲にして票を買い取っている。「インドネシアの政治家の50~60%はパーム油農園企業の取締役か元取締役だが、その情報は隠されている」と語るのはボルネオ島の人権活動家だ。彼は、インドネシアの産業界はたった25~27戸の超富裕層の一族が支配しており、弱者に公共の救いの手が伸びることはない、と語る。

そもそも、バハウ族には先住権が認められていない。バハウ族は先住民として認めてもらう手続きの最中だ。土地の正式所有者になるには法律で正式に先住民として認められることが必要だ。しかし政治家たちは先住権の承認を遅らせている。彼らは企業側の味方で、彼らに先住権を認めることは企業の土地購入の妨げになるからだ。時間と手間のかかる手続きなので、コミュニティ内の団結は非常に重要だ。

なぜならば企業にとって、民族や村といったローカルコミュニティから土地を買い取ることは困難だが、そのうち数人だけでも懐柔し味方に引き入れることでコミュニティの団結を崩し、大多数に反対されても土地を買い取ることができる。まるでドラマのような出来事だが、インドネシアではこういったことは実際によく起きており、土地の利権を巡る問題で命を落とす者も少なくない。

それもそのはず、ロング・イスン村の人口は400人程度だが、800万人の人口を擁するニューヨーク市に匹敵する8万ヘクタールもの広さの熱帯雨林を管理している。(私達のものさしで測るならとんでもない大地主ということになってしまうが、彼らにとって土地とはそういうものではないし、我々の価値観を持ち込むべきでもないだろう)
そうは言っても、土地は土地。企業もそれに結託する政府も、あの手この手でこの広大な土地と森林資源を盗み取ろうと企んでいる。伐採業者は政府が発行した書類を持ち、伐採を合法的に行っている。しかし、実際には民族の土地や木材を略奪していると言えるだろう。だからこそ自分たちの土地は、自分の力で守らなければならないとロング・イスン村は考えている。

 

土地の行方

奪われた彼らの森は、その後どうなるのだろうか。森を根こそぎ伐採したその後、企業は伐採したエリアに同じ種類の木や地域の植物を植えるべきだが、彼らはパーム油農園産業を発展させるためにアブラヤシを植えているとボルネオ島の人権活動家は説明した。そもそも、伐採の許可を得ている企業の経営者は同時に、パーム油農園企業の経営者でもあるという。

パーム油の原料になるアブラヤシ

パーム油は我々の生活に一見馴染みがなさそうに思えるが、加工のしやすさと値段の安さから食品メーカーや外食産業ではメジャーな油で、日本での消費は菜種油に次いで2位だ。身近な食品でいえば、チョコレートやカップ麺、ポテトチップスなどの原材料表記のうち「植物油脂」には、およそ含まれていると考えていいだろう。日本で使われているパーム油のほとんどは、ボルネオ島やバリ島といった東南アジア諸国から買われている。つまりはパーム油産業は世界的なビッグビジネスであり、サプライチェーンの下流にはユニリーバやネスレ、P&Gなど大手メーカーが勢揃いし、パーム油市場には約1.4兆円が投資されていると言われている。投資しているのは主に欧米の大手銀行や企業群だ。

パーム油農園

原生林が伐採されてると、その後植樹されたとしても区分が変わり日本で言うところの「自然林」や「人工林」に分類される。分類が変わると州は森をパーム油農園企業に貸すことが可能になる。森がアブラヤシ農園になった場合、ダヤクの土地権利は永久に取り上げられる。土地を失うだけでなく、生活するために農園で働かなければならない。

 

木材の行方

村の多くの住民は伐採された森の木々がどこへ運ばれているか知らないが、木材の行方を知ることは伐採業者の謎を解くだけではなく共同体の団結を強くするきっかけになる。彼らの団体は調査を開始した。

ロング・イスン村の土地で切られた木材は、インドネシアの木材産業の港町サリマンダ市まで運ばれていることが判明した。木材はサリマンダ市内の製材所まで運ばれ、コンテナに積載され輸送されている。製材所に保管されている幹には大きさと原産地のラベルが貼られている。皮肉なことに、伐採をした企業の許可証には「サステナブル」で「エコ」という認定表記がされていたという。

当然だが、こうした表記ラベルを貼るには、厳しい認定基準を満たす必要がある。しかし、それを審査する第三者機関は大小様々な民間企業であり、彼らは検査が緩ければ緩いほど客が増えて儲かるという単純な不合理があり、全てが健全に働いていると考えるのは大間違いだ。現に、検査書類にはロング・イスン村の問題が記載されているにも関わらず、「サステナブル」で「エコ」に認定されてしまった。典型的な「グリーンウォッシュ(うわべだけ環境保護に熱心にみせること)」である。

製材所を出発したタンカーには、名ばかりのサステナブル認定された木材がぎっちりと詰まっている。こうした付加価値のある木材はアメリカやヨーロッパ、日本によく売れるそうだ。
通常これら木材は商社の手に渡ると途端に追跡が困難になる。ロング・イスン村の自然保護活動団体は調査をそこで断念したが、別の所から暴かれることとなった。その結果は私たちの耳に痛いものであった。ほとんどの木材は日本宛で、五輪会場建設工事のために出荷されていた。

 

誰の罪なのか?

東京五輪会場に国産材を使うことは大きく報じられ広く知られる所ではあるが、アメリカに本部を置く環境NGO「レインフォレスト・アクション・ネットワーク」は、有明アリーナの工事現場で使われているコンクリート型枠に使われている合板から会社を突き止め、2018年11月、多くの原料木材がボルネオ島の土地を巡る企業から仕入れている旨の報告書を提出した。
さらに報告書では、日本の金融機関や投資家が、この合板を製造した会社による違法伐採や人権侵害への関与に融資している点が示され、強く非難された。

出典:守られなかった約束:東京2020年大会と日本の金融機関〜事例研究:インドネシアの熱帯林破壊及び土地収奪との関わり〜 pdfより

2012年、東京は2020年のオリンピックの開催地に選ばれた際に「Be better, together(より良い未来へ、ともに進もう。)」という持続可能性にまつわるコンセプトを掲げ、歴代オリンピックの中で最もサステナブルなオリンピックにすべく大会準備全体にサステナビリティに配慮した活動を約束した。しかし、実態としてその管理は十分と言えず、こうした結果が露呈する事となった。

五輪主催者側がグリーンウォッシュに加担して世界中をペテンにかけたのか、それとも彼らもまた騙された消費者のひとりなのか、その判断は難しい。これがグリーンウォッシュの大きな問題の一つといえる。消費者は環境を意識して商品を正しく選ばなければならないが、環境保護の全責任を消費者に押し付けることは間違っている。サプライチェーンは複雑で、世界中から集まってくる材料1つ1つの実情を見て確かめることは不可能だ。商品を作る企業だけではなく、伐採や人権侵害を行わない保証をする法律を作る政治家の責任だと、ある環境活動家は言う。

 

おわりに

ロング・イスン村の土地を伐採していた企業は、市民からの圧力で「サステナブル」認定は取り消されたが、今なお近隣地域の土地で伐採作業を続けている。ロング・イスン村のバハウ族は先住権が認められるように5年以上戦い続けているが、インドネシア政府は彼らの権利を守る法律の延期を繰り返している。

木が一本無くなる度にダヤク諸族は先祖の土地を奪われ、彼らの社会は崩壊へと一歩近づく。ダヤクの教えでは、森から何かを取る代わりに、未来の命のために森に何かを返すことで自然との相互関係ができるという。しかし、今の状況で一体誰が、森に何かを返しているだろうか。

 

リサーチ:TOKYOVISION