バイオマス発電はグリーンウォッシュか?

「グリーンウォッシュ(Greenwashing)」という言葉をご存じでしょうか。環境に配慮しているように見せかけながら、実際には配慮していないことを意味する用語で、環境ジャーナリストが企業の環境PRを批判するときに用いられています。

この「グリーンウォッシュ」と見なされている対象のひとつに「バイオマス発電」が挙げられます。石油や石炭など化石燃料に代わる再生可能エネルギーのひとつとみなされるバイオマス発電は、森林地帯の多い欧州だけでなく、台風や地震など、自然災害が多発する我が国においてにおいても注目されているのは、皆さんも承知のはず。

バイオマス発電は持続可能か?

ところが、欧州委員会が「EUにおけるエネルギー開発のための木質バイオマスの使用(The use of woody biomass for energy production in the EU)」と名付けられたレポートが流出し、これに対して世界自然保護基金(以下、WWF)が欧州委員会の報告の欺瞞性を指摘しました。後述するように、欧州委員会の報告書とWWFの批判は、「木質バイオマス発電は現状、カーボンニュートラルでない可能性が高い」という意見を共有している点において軌を一にしていますが、双方の主張には若干の「温度差」が感じられます。

木質バイオマスが1.5℃目標の実現に不可欠だと考えられているだけに、再生可能エネルギーのひとつが失われてしまうことは、依存度の高い欧州やエネルギー資源の乏しい日本にとって大打撃かもしれません。

今回、欧州委員会とWWFを巻き込んだバイオマス発電の是非について、背景を補足しながら解説していきたいと思います。

欧州におけるバイオマス政策と現状

太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーのシェアが高い欧州。

出典:資源エネルギー庁「日本のエネルギー2018 エネルギーの今を知る10の質問」

欧州委員会が採択した再生可能エネルギー指令において、目標値だった再エネ比率20%を2020年に達成したものの、石油や石炭といった化石燃料から完全に脱却できておらず、再生可能エネルギーの比率をさらに高める必要があります。

太陽光発電や風力発電が再生可能エネルギーとして頻繁にクローズアップされますが、実は大きなシェアを占めているのが、バイオマス発電です。

出典:欧州環境庁「Renewable energy production must grow fast to reach the 2020 target」

森林やパーム椰子殻(PKS)を燃料にした発電方式であり、欧州環境庁(EEA: European Environment Agency)が2020年に公表した統計によると、再生可能エネルギーの内訳でバイオマスの占める割合が過半数に及ぶなど、化石燃料からの脱却には不可欠だと位置づけられています。

豊富な森林資源もEUのバイオマス政策を後押しします。とりわけ、中欧や北欧には木質バイオマスの原料となる森林が豊富にあるため、木質バイオマス発電にはうってつけの環境だといえます。

出典:日本貿易振興機構「欧州のバイオマス政策」

自国のエネルギー資源の活用は、エネルギー自給率の向上にもつながります。そのため、木質バイオマス発電の比率を高めることは欧州にとっていい選択にも思えますが、話はそう単純ではありません。生物多様性戦略も同時に進行しなければならないためです。

生態系を維持するためには、温室効果ガスの排出量を減らしパリ協定で定められた「1.5℃目標」を達成するだけでなく、森林伐採など自然破壊の防止も重要です。EUは、域内の森林の保護や回復もターゲットにした森林戦略を含めた生物多様性戦略に取り組んでいます。

EU域内に自然保護地区「Natura2000」を指定することもその一環でしょう。

ところが、EU域外の森林の保護や回復にまでに行き届いていません。海外から安価な木質ペレットを輸入するため、かえってエネルギー自給率を低下させているのが実情。そのうえ、原生林を伐採しパーム農園を増やすことが、自然生態系が破壊しているとして、原産国であるインドネシアやマレーシアで問題視されています。

木質バイオマスはカーボンニュートラルなのか?

EUの再生可能エネルギーの一角を占めるバイオマス発電ですが、長年批判の対象になってきました。キーワードは「カーボンニュートラル」です。

なぜ、木質バイオマスが再生可能エネルギーのひとつとして期待されたのか?それは、バイオマス発電がカーボンニュートラルだと喧伝されてきたからにほかなりません。

発電する際に二酸化炭素が大気中に排出されたとしても、植物が同量の二酸化炭素を吸収すれば、サイクルとして二酸化炭素の量は変化しません。これこそがカーボンニュートラルの本質です。

出典:板岡(2021)をもとに筆者作成

森林やPKSを燃焼しても、排出された二酸化炭素を植物が吸収すれば、カーボンニュートラルが成立します。

問題は、「本当に木質バイオマス発電でカーボンニュートラルが成立しているか」です。木質バイオマスは、LNGや石油、石炭よりも発電効率で劣るため、同じ電力を発電するのに要する燃料の量は多いのです。

出典:独Volker Quaschning教授のサイト「Specific Carbon Dioxide Emissions of Various Fuels」

もちろん、木質バイオマスの燃焼により排出された二酸化炭素を植物が吸収できれば、カーボンニュートラルは成立します。ところが、現状実現できそうな手段でカーボンニュートラルが成立しない可能性が高いことを示したのが、冒頭で述べた欧州委員会の報告書なのです。

同報告書では、「枯れた倒木を荒く除去(①)」「低層の切株の除去を一定レベルの森林景観になるまで行う(⑧)」「草原に単一種を植林(⑩)」など24のシナリオに分けて、カーボンニュートラルが成立するか検討。その結果、「旧農地に森林が自然再生する(⑳)」というシナリオを除いては、木質バイオマス発電はカーボンニュートラルでないと予測されたのです。

出典:European Commission「The use of woody biomass for energy production in the EU」

この衝撃的な結論は、EUのバイオマス政策の根底を覆しかねないものでした。

欧州のバイオマス政策に対するWWFの批判

欧州の報告書にいち早くかみついたのが、世界最大規模の自然環境保護団体である世界自然保護基金(WWF)です。欧州委員会の報告書が公表される2ヶ月前の2021年5月に、報告書の中身が外部に流出。その情報をもとに、EUのバイオマス政策に対してWWFが批判しました。

WWFの批判は以下の3点に集約されます。

木質バイオマスを燃やすことで気象変動へとつながる

木質バイオマスを燃焼しても、「二酸化炭素の排出量>二酸化炭素の吸収量」という構図は変わらず、地球温暖化を食い止められない。

野生動物の生態系や土壌汚染にもつながる

気温が上昇することで生態系のバランスが崩れる。また砂漠化や海面上昇など地形にも変化を及ぼす。

大気汚染による健康被害

燃焼によるダイオキシン類など有害物質が大気中に放出され、健康被害へとつながる。

こうした観点から、欧州委員会の報告書は次の6点で不備があると結論付けられています。

  1. EUは気象変動を助長するバイオマスを支援することを認めている
  2. 報告書は「発電用の高品質丸太(stemwood)のプロモーションを止めるべきだ」という拘束力のない文言を含むが、木質バイオマス発電産業は主に価値の低い木質バイオマスを燃焼させるため実質的に意味がない
  3. 3. 報告書は木質バイオマスを採取できない原生林のエリアを規定しているが、EUの原生林全体の3%に過ぎず、依然として残りの97%は森林破壊の対象である
  4. 現在20メガワットを超える木質バイオマス発電所は規制対象だが、報告書はこの持続可能性基準を5メガワットまで緩和しようとしており、大規模な木質バイオマス発電所は手つかずのまま残される
  5. 報告書は、燃焼される木質バイオマスや大気中に排出される微小粒子状物質(PM2.5)の削減について一切言及していない
  6. 報告書はバイオ燃料やバイオガス用の燃料作物に関する追加規制について言及していない

欧州委員会の報告書が、「木質バイオマス発電はカーボンニュートラルでない可能性が高い」というデータに対して、生物多様性戦略と1.5℃目標をともに達成できる策を考えていこうと前向きなのに対し、WWFの批判はさらに一歩進めて「木質バイオマスは環境破壊につながるため止めるべきだ」という点にまでコミットしているという違いはあります。とはいえ、で木質バイオマス発電は1.5℃目標達成に貢献する可能性は高くないという点では、EUもWWFも軌を一にしているのです。

バイオマスは本当に「悪」なのか?

「バイオマス発電はグリーンウォッシュなのか」

最初に掲げた問いに立ち返ってみましょう。

注意しないといけないのは、欧州委員会の報告書やWWFが検討したはあくまで森林伐採による「木質」バイオマスの是非である点です。

森林やPKSだけがバイオマスではありません。食品廃棄物や生ゴミだってバイオマスです。「バイオマス=悪」ではなく、「いかにバイオマスを効率よく再生可能エネルギーへとつなげ、エネルギーミックスを実現するか」が重要ではないでしょうか。

たとえば、生ゴミからメタンガスを生成させる「リサイクルバイオマス」の研究が進展しています。生ゴミを微生物の力で発酵させることでメタンガスを生成。燃焼したエネルギーで発電しようというのです。メタンガスは温室効果ガスに含まれるものの、生ゴミからメタンガスが自然発生するのを放置するよりは、人為的にメタンガス化しエネルギーに変換するほうが、資源を有効活用しているといえるでしょう。

食べ残しや魚から獲れる油もまた、活用するには価値が低いとみられていた食物資源でした。これらを活用することで、土地の有効活用や地球温暖化の防止にもつながるといいます。

出典:Ollie van Hal「Upcycling biomass in a circular food system: The role of livestock and fish」

1.5℃目標を達成するためには、化石燃料からカーボンニュートラルな発電手段への代替や、二酸化炭素を除去する「ネガティブエミッション」の実用化が不可欠です。ネガティブエミッション技術として二酸化炭素貯留(Carbon capture and storage: CCS)なの研究や実証実験が現在進行形で実施されていますが、コストの面から現状ではどこまで実用化可能か未知数です。

しかし、身近なところに、1.5℃目標の実現に貢献する「ヒント」が散らばっています。いままで着目されてこなかった「ムダ」をうまく活用し付加価値をつけること。これこそが「アップサイクル」の本質ではないでしょうか。

参考文献:板岡健之 「『カーボンニュートラル』とは何か」『グリーン・エージ』