ソーシャルグッドを目指さない会社は雇用に苦しむ?企業の取り組みが生活者の職業選択に与える影響とは

循環思考メディア『環境と人』では、生活者の環境についての意識調査をすべく無作為の500人に対してアンケート調査を実施。

シリーズ第3回となる今回は、「生活者の職業選択」と「企業の環境課題に対する活動」の間にどのような相関関係があるのかを集計した。

生活と切っても切り離せない「仕事」。環境課題に取り組んでいない企業は、これから採用面で困るとしばしば耳にするが、企業の環境課題への取り組み有無が職業選択にどのくらい影響を及ぼしているのだろうか。

編集長 新井遼一にデータを元にインタビューを行った。

衣食足りて礼節を知るとは?

ー今回は無作為の500名を対象に「企業が環境に配慮していることが、生活者の職業選択にどのように影響を及ぼすか」というテーマでアンケートを実施しました。

最初に500名の方々に「有償・無償を問わず、現在までに企業・団体などでの勤務経験はありますか?」と質問し、「ある」と回答した412名に対してその後の質問を行っています。

まず、「その企業・団体で勤務した理由はなんですか?」と質問し以下の回答から1つだけ選んでもらいました。

①職場に通いやすかったから、働く場所が自由だったから
②給与・待遇・勤務時間などが自分に適していたから
③紹介や縁故などの人間関係があったから
④その企業・団体の持つ考え方や社風に共感したから
⑤その他

その結果が、以下のグラフです。給与が理由で仕事を選んだという方が圧倒的です。

新井 生活のために仕事をするという側面は大きいので、給与や働きやすさが最優先で当然でしょう。
これを例えば新卒採用に限定すると、社風で選ぶ人も多少増えるかもしれません。

ーその中で「④その企業・団体の持つ考え方や社風に共感したから」「⑤その他」を選択した約70名の方に、「環境課題に取り組んでいることは、当時、企業・団体で働く理由になりえましたか」と質問し、以下の回答を提示しました。

①おおいに、なる
②なる
③どちらともいえない
④ならない
⑤全くならない

その結果、①②を選んだ方も、④⑤を選んだ方もほぼイーブンという結果でした。

新井 サンプル数がかなり少ないのでなんともいえませんが、いつから現職に携わっているかによって結果が多少変わるようにも感じます。

2020年10月の菅首相による所信表明演説で「2050年までにカーボンニュートラルを目指す」と宣言した時が、日本の環境課題解決への道がリスタートしたタイミングと言われています。

そう考えると現在の職業に就いた段階ではそこまで考えられていない可能性も否定できず、それが今回の結果に影響を及ぼしているのかもしれません。

日本人は環境課題に危機意識を持ちにくい

ー次に、改めて500名の方々全員に「今後、新たに働く会社を選ぶ際に重要視すると思われるポイントはどこですか」という質問を複数回答可という形で行いました。

①職場への通いやすさ、自宅勤務が可能かどうか
②給与・待遇のよさ、勤務時間などの自由度
③企業団体の人間関係が自分に合っているかどうか
④企業・団体の持つ考え方や社風への期待
⑤企業の将来性への期待
⑥その他

これからの話であっても、やはり、働きやすさ・給与面・人間関係といったご自身の生活に強く密着した箇所に数字が集中しました。

新井 こちらについても違和感はありません。

生活者の購買意欲と企業の環境配慮の関係性についてのアンケート結果についてのレポートでも伝えたように、「環境配慮という理想」と「現実的な生活」のバランスが重要だと思うのです。

環境に優しい商品であれば売れる?データから考える「生活者の購買意欲」と「企業の環境配慮」の関係性

そうすると、働きやすさ・給与面・人間関係といったベースが整ってこそ、環境課題への取り組みといった要素が選ばれるように感じます。

だから、「④企業・団体の持つ考え方や社風への期待」「⑤企業の将来性への期待」を選択した方についても、2つめや3つめ、もしくはそれ以降に選択した方が多いのではないでしょうか。

ーこの結果を見ると、環境課題の解決について日本人は自分ごととして捉えられていないようにも感じてしまうのですが、どうでしょうか?

新井 ここには3つの理由があると思っています。

まず最初に、日本だと地震や津波といった多様な自然災害が発生しますので、昨今注目が強まっている気候変動などの環境課題について優先順位が高まりにくい状況ではあります。

一方で、気候変動対策やサーキュラーエコノミーについて先進的な北欧では、日本で頻繁に発生する自然災害が身近ではなく、気候変動が唯一の災害として位置付けられています。

気候変動を「多くの災害の1つとして捉えている日本」と「唯一の災害として捉えている北欧」では、プライオリティや当事者意識が違っていて当然といえるでしょう。

次に、EUは国際的なプレゼンスをこの方向性で取り戻すという強い意志があり、官も民も含め一体となって取り組んでいます。

それに対して日本は独自の明確化された方針がないため生活者もどの方向に向かってよいかわかりにくく、輸入モノのお題目のようになってしまっている感は拭えません。それでは生活者は自分ごと化できません。

また、EU全体の方針のもと加盟各国がそれぞれ指針を定めており、その中でもこの分野で先進的と言われるオランダや北欧各国は、人口が500~1,700万人と小規模で、柔軟かつスピード感のあるトライ&エラーがしやすい環境というのも影響していると思います。

そして最後に、文化の違いを背景とした国民性の違いもあると思います。ヨーロッパでは物を長く使う文化が脈々と引き継がれており、その性質に現代の環境課題解決のための施策がはまったと思います。

元々は日本にもそういった文化がありましたが、目先のコストばかりが優先されるようになってしまいました。

建物ひとつとっても100年200年先を見越して建築する欧州と、自分たちが関わる40〜50年だけを視野に入れている日本とでは、イニシャルコストもアウトプットも全く違いますが、それを受容する・当然と思う懐の大きさも違うのだと感じますね。

煽動的なデータに踊らされてはいけない

ー最後に、前述の質問で「④企業・団体の持つ考え方や社風への期待」「⑤企業の将来性への期待」を選択した方々に対して、「環境課題に取り組んでいることは企業・団体に期待するポイントになりますか」と質問し、以下の回答から選択してもらいました。

①おおいに、なる
②なる
③どちらともいえない
④ならない
⑤全くならない

その結果が以下の表です。やはり環境課題に取り組むことが企業の採用活動に直結すると言えるのではないでしょうか。

新井 「①おおいに、なる」「②なる」が約3分の2と割合が大きく見えるため、このデータだけを見ると環境課題に取り組むことは採用活動にプラスだと言えそうです。

ただ、例えばこれが「ジェンダー平等」や「働き方改革」に関しての質問だとしても、同じような結果が出るのではないでしょうか。つまり、企業として環境課題に取り組むということは最新の情勢にキャッチアップしているかどうかの試金石で、そういった企業は働き方や将来性についても期待が持てる、という見方をされるようになっていると感じます。

経営者が最新情報をアップデートしていて、それが形だけでなく実践されていることが求められている。経営の難易度というものが非常に上がっていて、経営者にはツラい時代だと実感しています笑

ーでは、企業が採用で困らなくなるためには何が必要なのでしょうか。

新井 業績を拡大しながら、環境、デジタル、ウェルビーイングなど全方面で取り組むことです。というと頭がクラクラしてきそうですが、これらの要素は決して独立しているわけではなく、それぞれ絡み合って連携しています。

例えばサーキュラーエコノミーを実装するには、素材のトレーサビリティなどを保証するデジタル技術が不可欠ですし、ウェルビーイング、つまり社員の幸福を実現するにはお互いを尊重する大人な人間関係が必要で、そこにはハラスメントが入る余地はないということ。

本質的な部分を見極めれば、自然と全ての要素に対してポジティブになっていくと思います。

今がまさに分水嶺のタイミング

ーでは、取り組んでいない企業はすぐに取り組むべきですね。

新井 ただ、ソーシャルグッドを目指さないと企業が採用できなくなるというのは、必ずしも全ての企業に当てはまるわけではありません。

企業によっては社会貢献よりも利益最大化や市場シェアの拡大など他の目標を重視する場合もありますし、また、ソーシャルグッドを目指さない企業でも、製品やサービスの品質や価格競争力が高い場合は、採用市場での競争力を維持することができる可能性はありますよね。

ーつまり、選択肢のひとつだということですね。

新井 とはいえ、それほど難しいことであっても実現しようとしている企業は確実に先進的といえるため、そういう企業を目指して優秀な人材が集まることは間違いないでしょう。

特に今から社会に出てくるZ世代は私たちの世代よりもシビアな現実に晒されてきているため、企業に対する目もシビアです。もしこの層の方々の採用を目指すなら企業は社会課題に対して取り組んでいく必要があると感じます。

もちろんZ世代を対象にしない採用活動を行う選択肢もありますが、そういった企業には新しい変化は訪れないため企業の基盤としては脆弱になっていくと思います。

これは採用だけでなく企業活動全般に言えることで、国内の企業は二極化していくと思います。

つまり、今がまさに分水嶺、明治維新の時のようなタイミングなのです。

だから、安易に選択肢のひとつとして捉えるのではなく、自社の事業を吟味した上で自分たちなりの最適解を捻り出して邁進し、その一環としてベース部分から整えていくことが重要だと考えています。