変革のポイントは消費者の価値基準?日本の海と魚の危機を救うために必要なこととは

ここ数年、「今年はサンマが記録的な不漁」「イワシの価格が高騰」などといったニュースを目にすることが増えました。しかし、お店に行けば多くの魚が並んでおり、魚を手に入れることに困ることはほとんどありません。この現状において、日本近海の魚が減っているということに対して危機感を覚えているという方はどれくらいいるでしょうか?

農林水産省の統計によると、2020年の海面漁業の漁獲量は321万3035tで、比較可能な1956年以降最低の数字となりました。天然魚の漁獲量はピーク時から約7割減。それぞれのピーク時に比べてサンマは94.8%減、サケ類は80.5%減、こんぶ類は75%減など、食卓に並ぶ身近な魚も劇的に数が減っていることがわかります。

ですが、実は世界全体で見ると天然魚の漁獲量は横ばいで、これほどまでに漁獲量が減っているのは日本近海のみ。

そこでこの記事では、日本近海の魚が減少している要因や適切な水産資源の管理を行うための動きについてご紹介しながら、私たち消費者ができるアクションとは何かについて考えていきたいと思います。

日本近海から魚が減った理由とは?

日本の総漁獲量は、1984年の1282万tをピークに激減、2019年には3分の1以下に落ち込んでいます。日本近海から魚が減った大きな要因の一つは、漁船による過剰な漁獲。気温変動による海水温上昇といったことが原因であれば、世界中の海で魚が減っていてもおかしくないですが、世界全体で見ると天然の漁獲量は横ばいで、これほど急激な変化が起こっているのは日本近海だけです。

欧米では1970年代から持続的に魚を獲れる漁獲量を専門家が算出し、それによって個々の漁業者や漁船に年間の漁獲枠を割り当てるシステムがとられています。今年はこの量までしか獲ってはいけないという上限を設けることで魚の量を適切に保ち、持続可能な漁業を実現しているのです。

それに対して日本はというと、2018年に施行された改正漁業法により、一部の魚種で欧米と同様に適切な漁獲枠が配分されるようになったばかり。日本ではまだ、欧米のような「水産資源をきちんと残して価値ある魚を適正価格で売る」という漁業に転換しきれていないというのが現状です。

魚のトレーサビリティに関心を持つことが変革のカギ

日本には「獲れるだけ獲って安く売る」という漁業の考え方が根強く残っています。法整備の遅れはもちろんあったものの、私たち消費者が「価値ある魚を適正価格で買う」という価値観を持っておらず、「新鮮で安ければ良い」ということでしか魚を見てこなかったことも大きな要因の一つであると考えられます。安さだけを求められる生産者が、薄利多売の道を選ぶことを一方的に責めることはできないでしょう。

近年、肉や野菜に関しては、品質や環境への配慮、生産者の顔が見えることなどが重要視され、トレーサビリティを求める声が高まっているにも関わらず、魚に関してはなぜこれほどまでに無関心なのでしょうか。それは、水産物は私たちの食卓にのぼるまでに複雑な流通経路をたどるため、消費者にはどのように獲った魚なのか把握できない仕組みになっているから。

例えば、輸入品以外の魚介類は漁獲した生産水域または養殖地名を記載することが定められていますが、水域名の記載が困難な場合は水揚げ港名や都道府県名を記載しても良いことになっています。つまり、南太平洋で漁獲された魚も銚子港で水揚げされれば「国産」の「銚子港産」となる場合もあるということ。このように、魚の本当の産地を消費者が正確に知ることは、制度上難しいというのが現状なのです。

制度上難しいのであれば仕方がないと思われるかもしれませんが、消費者が真剣にトレーサビリティを求め、価格以外の価値で魚を選んで適正価格で買うようになれば、変化は起こるはずです。小売りはそれを卸売業者に求めるようになり、卸売業者は生産者に働きかけるようになるでしょう。一番川下にいる私たちがアクションを起こすことが、変革の大きなカギになるのです。

持続可能な養殖で海と産業を守る

魚の流通を担う業者の中には、海と産業を守るためにアクションを起こしている企業もあります。宮城県で銀鮭の養殖を手がけるマルキンは、持続可能な養殖水産物を認証する国際認証ASCの取得を通して新しい養殖魚の価値を発信しています。ASC認証制度とは、養殖水産物に関する世界的な基準を設け、それが守られるように管理していくための制度。二枚貝やエビ、鮭など12の魚種に対して管理を行っており、2022年6月現在、日本では439品のASC認証商品があります。

(出典:ASC Japan

認証のチェック項目は多岐にわたり、養殖場の水温や水中酸素量を常にモニタリングできる機器の導入や海の底に生息する生物への影響の調査といった生態系の保護や環境への配慮や、管理運営における社会的責任の履行が求められます。養殖に使う餌に関しても、餌に使われる魚の魚種や漁獲地域などのトレーサビリティが明確であることなど様々な要件を満たす必要があります。マルキンでは、認証取得のために約3年間かけて各種調査やモニタリングを実施。多大なる労力とコストをかけて認証を取得しました。

なぜそこまでして国際認証を取得しようとしたのかというと、やはり「魚が獲れなくなっている」という海の異変を肌で感じたからだといいます。このままではやがて漁師や養殖業者は職を失い、消費者が安定した水産物の供給を得ることも難しくなる。そうならないためには、今行動を起こすべきだと思ったのだそう。

しかし、ASC認証マークを付けて販売するためには認証料が必要なうえ、生産にもコストがかかります。認証制度に賛同し適正価格で買い取ってくれる小売店も出てきてはいますが、消費者がそれを選んで購入してくれる土壌がなければ存続が難しいという事態にもなりかねません。

サステナブルシーフードの認知向上を目指すイオンの取り組み

(出典:Marine Stewardship Councilより)

持続可能なシーフードの国際認証には、前章で紹介した養殖業におけるASC認証の他に、天然水産物におけるMSC認証があります。大手スーパーのイオンでは、2006年からMSC認証商品を、2014年からASC認証商品の取り扱いを開始し、サステナブルなシーフードの認知向上に力を入れています。

当初は全体に対する認証商品の売り上げは1%ほどでしたが、今では20%程度まで伸長。売り場での地道な情報発信に加え、手に取りやすい価格設定も認知度アップに貢献しています。

認証商品の仕入れ値は当然高くなるので、イオンでは物流面などのコストを削減するなどして価格を抑えるように努力を重ねています。まずは消費者に手に取ってもらい、美味しさを実感してもらう。認証商品は安全で美味しいことを知ってもらい、また買いたいと思ってもらうことが、健全な海を守ることに繫がる。そんなサイクルの実現を目指しています。

どんな価値基準で選ぶかを問い直すマグロ問屋の挑戦

(出典:三崎恵水産HPより)

生産者と小売店の間に立つのが卸問屋。この卸問屋の中にも新たな挑戦に取り組んでいる業者が存在します。

神奈川県の三崎漁港を拠点とするマグロ専門卸問屋「三崎恵水産」は、2012年から「近海の10㎏未満のマグロおよび巻き網漁で獲られたマグロは扱わない」というポリシーを掲げています。巻き網漁とは、大きな網で魚群を囲い込み、海中で網の口を絞り込みながら巻き揚げ、網に入っている魚をすくって漁獲する方法。一度に大量の魚を獲ることができる半面、混獲や未熟な魚が紛れ込むことも多くあります。

三崎恵水産がこのポリシーを掲げるに至った背景には、もちろん水産資源の枯渇の問題もありますが、消費者に質の良いマグロを届けたいという思いがあったからだそう。マグロの品質を保つためには、船上で活〆にして血や内臓を抜くことが重要ですが、一度に大量に捕獲する巻き網漁ではそれができません。質が劣るマグロを流通させるのではなく、納得のいく品質のものを適正価格で流通させる。それが結果として水産資源を維持することに繫がれば…という考え方です。

扱うマグロはもちろん巻き網漁で獲られたものより高価ですが、どんな場所でどのように獲られたものなのかを知ったうえで食べる美味しさというものがあるはず。生産者と消費者を繋ぐ役割を担う卸問屋がこのような意思表示をすることで、日本近海を取り巻く環境が少しでも変わっていくことを願わずにはいられません。

私たちは直接卸問屋から購入することはできませんが、このような卸問屋が増えれば魚の正しい知識や価値観というものが徐々に浸透していくのではないでしょうか。

消費者のアクションが大きな力になる

魚は水揚げされるとまず産地市場でセリにかけられます。セリに参加した産地仲買や加工業者が競り落とした魚は消費者市場(中央卸売市場)に送られ、小売店や飲食店に供給されます。産地と消費地、2つの市場を経由する日本独特の多段階流通の問題点は、魚がどこでどのように獲られたかが見えなくなってしまうこと。

改正漁業法により日本でも持続可能な漁業への転換が行われ始めていますが、私たちにできることは、待っているだけではないはずです。スーパーで魚を買うのであれば、認証マークを一つの価値基準にしてもいいでしょう。野菜や肉と同じようにトレーサビリティを求めると共に、魚選びの在り方を見直し、価値のある魚を適正価格で購入するというアクションを起こすことが、日本の漁業界の変化を後押しすることに繫がるのではないでしょうか。