石や木に代わる、新たな未来のマテリアル

衣、食、住の「衣」。

 我々の生活と切っても切り離せない存在である衣類。そして布。

 様々な種類の布が日々量産され我々の生活を彩っていますが、その一方で多くの規格外品や端材が生まれているということはあまり知られていません。

 布の製造には多大なエネルギーやコストが投入されています。

多くの資源を用いて製造された布が無駄になってしまうことは、我々の未来を、環境を脅かす大きな問題と言えるでしょう。

 

いま、この問題を解決すべく活動を続けている企業が、岡山にある創業141年の染色会社「セイショク株式会社」。

 規格外品や繊維端材を使った新しい素材”NUNOUS(ニューノス)”の開発と、それらを使用したものづくりに意欲的に取り組んでいます。 

まったくの新しい試みであるNUNOUSは、どのような経緯で開発に至ったのでしょうか。

その背景を尋ねるべく、セイショク株式会社の姫井明さんと西崎誠一郎さんにお話を伺いました。

染色事業を行う会社だからできる現代社会への貢献

―御社ではどういった事業をなさっていますか?

 当社の創業は1880年に倉敷市で軍服生地の織物製造から始まりました。

以来140年以上、一貫して繊維業を営んでいます。

1942年から染色事業を手掛け、現在では年間約2,000万m²の布地を染めて国内外へ出荷しています。

主に作業服になるような生地の染色を承っております。(姫井氏)

姫井明 セイショク株式会社取締役社長
1980年群馬県生まれ。明治大学卒業後、丸美屋食品工業株式会社で勤めたのち、セイショク株式会社入社と同時に田窪株式会社へ出向、2011年セイショク株式会社岡山工場へ赴任。2012年、31歳で11代目代表取締役社長に就任。2012年末より新規事業部門を立上げ、NUNOUSプロジェクトがスタート。

―NUNOUSについての取り組みはいつから始めたのですか?

 開発を始めたのが2013年で、事業部になったのは、2018年です。

創業時とは社会情勢も、企業のあるべき姿も全く変わったことを踏まえ、染色事業を行う当社だからこそできる現代社会への貢献は何かを考え始動しました。(姫井氏)

―なぜ、新事業を始めようと思ったのですか?

主力事業である染色事業単体では非常に収益が苦しいのです。 

作業服になる生地の染色は品質に厳しい一方で、安さを求められる傾向にあります。

そんな中、染料や薬品、燃料の価格も上昇し続け、コスト削減や価格転嫁が全く追いつかない状況で、今後もこの傾向は変わらないと感じました。

このままでは未来を描くのが難しい、違う分野に出なければ。そう思いました。

 ステークホルダーからの期待に応えるため、新たな事業を興さなければならないというのは、とても大きなプレッシャーです。

しかしここで負けてなんていられない。何を言われても、なにくそ!という気持ちで乗り越えました。(姫井氏)

上品で重厚感があり、加工性の高い新感覚の素材

―NUNOUSという素材について、詳しく教えてください。

 明日を支える布素材、そのような意味を込めて名づけたものがNUNOUSです。

“NU”で「新しい」、”NUNO”はそのまま「布」、”US”は「明日」、これらを組み合わせました。

 具体的には、今まで廃棄されていた規格外の布に植物性のポリマーを合わせることで作成しております。

ベニヤ板など合板の作り方を応用しており、布を何層にも重ね高温でプレスすることで、ポリマーを染み込ませて固めています。

見た目に大きな特長があり、カットする角度や重ね合わせる布地によって、大理石や絵画のように表情が変わります。(西崎氏)

西崎誠一郎 セイショク株式会社NUNOUS事業部事業統括部長
生地の企画営業職を経て2006年セイショク㈱に入社。染色部門の営業業務の傍ら、2013年より布のアップサイクル方法の研究を開始。2021年、NUNOUSの製造方法の特許を取得。2018年より現職。

―さまざまな模様や柄が入ったプレート状のものというイメージですか?

 NUNOUSには、ブロック状の”STONE”と、シート状の”SKIN”の2種類があります。

 最初にできたのは、厚みがありブロックのような形を持つSTONEでした。

立体的に切り出されたSTONEは、水平にカットすると石のような独特の模様が、垂直に切ると地層のような模様が現れます。

上品で重厚感がある雰囲気を持ちながら、木材に似たやわらかな質感もあり、加工性が高い新感覚の素材です。(西崎氏)

 一方、シート状に加工したSKINは布でありながらレザーのような丈夫さとしなやかさを持ち、一般的な布素材のように端がほつれません。

そのため、フリーカットやシームレスでの製品化も可能です。

また、光を通すほど薄く加工することもできますし、表裏という概念もないためリバーシブルで使用することもできます。

オリジナリティーを追求する内装・家具・建材として、様々な場で活躍できる可能性を秘めていると考えており、現在は主にホテル業界でのインテリア、店舗でのディスプレイ等に使用していただいております。

石や木などの建材に替わる新しいサステナブル素材として、今後も活躍の場を広げていきたいと考えています。(西崎氏)

どうすることもできなかった規格外の布を、表舞台に蘇らせる

―なぜNUNOUSを作ろうと思われたのですか?

 弊社では大体1日5万メートルの布を毎日染めています。

5万メートルですから、フルマラソンの走行距離よりも長い布を扱うわけです。

 しかしその過程で、どうしても1%程度の規格外品が出てきてしまいます。

1%と聞くと小さな数字に感じられるかもしれませんが、前述の通り大量生産ですので、数百メートル分の布がそれに当たるわけです。

つまり、相当な量の布を毎日捨てざるを得ないわけです。

 規格外品とはいえ燃料・染料・人件費を使って染めた布です。

おまけに廃棄するにも費用が掛かります。

常々、これはもったいないと感じていましたし、なんとか有効活用できないものかと頭を悩ませておりました。(姫井氏)

―確かに積み重ねると凄まじいコストになりそうです。布は一般的にはどのように再利用するものなのですか?

 厄介なことに布は様々な原料が混ざるため扱いが難しく、アップサイクルが進んでいない素材のひとつなのです。

一般的には、焼却処分したり、細かく砕いて使用したりと、表舞台からその姿を完全に消してしまう存在でした。

しかし2013年に、「見えない廃棄」を「美しく見える化」する新規事業として、このNUNOUSプロジェクトが動き出しました。

今までもったいなさを感じながらどうすることもできなかった布を、再び表舞台に蘇らせることはできないだろうか。

そう考えて試行錯誤を重ね、8年かけてようやく今の形までこぎ着けることができ、特許も取得いたしました。(姫井氏)

「新しいこと」を進めるうえでの苦労

―これまで布の再利用方法が確立できていなかったというお話に驚きました。

 まさに、繊維のリサイクルは染色業における大きな課題です。

前述の通りフェルトのように細かく砕かれ、自動車の内装など見えないところで使われるか、本当に行き場のないものは焼却されてしまうか。

素材の色や柄を生かすような再利用は難しく、ただただ悔やむばかりでした。

 繊維をリサイクルしようとすると、粉砕され、反毛になり、ぐしゃぐしゃになります。

つまり、美しくない状態になるのです。

廃棄せざるを得ないものだとはいえ、社員みんなが一生懸命染めたものを粉砕されるというのは、少々心に来るものがあります。

できることなら染めた色の生地のまま、それが生かされる方法はないかと試行錯誤し生まれたのがNUNOUSという再利用のかたちです。

NUNOUSにすることで色の保持はもちろん柄も加わり、布たちにあたらしい命を、日の目を見る場所をつくることができました。

これは他の会社ではどこもやれてない、やれない、長きに渡り布を扱っているセイショク株式会社唯一無二の技術だと思っております。(姫井氏)

―2013年の開発開始から事業化まで多くの日数が経過していますが、どういったご苦労があったのですか?

通常の織物染色の営業活動の合間で開発しなければならない、という難しさもありましたが、何より大変だったのはコンセプトをどうするのか、どうやってこれを活用していくのか、というプロジェクトの根幹部分。

そこで大いに悩みました。

実は、樹脂を染み込ませて固めるという方向性が定まったのもかなり後になってからで、それまでは縫い合わせてみようとか、接着剤で固めてみようだとか、暗中模索を続けました。

人様に見せられる形になるまで相当なトライアンドエラーを重ねました。(西崎氏)

 ―それだけ苦心されたのであれば、試作品ができたときの喜びもひとしおだったと思います。出来上がりを見たときに「これだ!」という確信を持てたのですか?

 「これだ!」というよりは、「これならいけるかもしれない!」といった感覚でした。

固めて圧縮し、硬い丈夫なものを作ることを目指して取り組んでいたため、最初に板状の塊ができたときは「まあ、板にはできるわなぁ」といった感想でした。

 むしろ、可能性を感じたのはそれを切ったときです。

その切断面の美しさに驚きました。

元は無地の非常にシンプルな生地だったのですが、ランダムに重ねたことで、切断面に想定していなかったような綺麗な表情が生まれたのです。

これは、とてもではないが雑な使い方してはいけない、美しいものとして人のそばに置き、見てもらえる、触ってもらえるものにしなければならない、と考えが変わっていきました。(西崎氏)

大量廃棄の問題の中で、前向きに物作りをする人たちを支えたい

―染色事業では安さを求められるとのことですが、デフレによる事業への影響や思うところはございますか?

 やはりファストファッションの流れは大きく影響してきています。

 世間的にそんなにいいものではないというイメージはありつつも、安価で手軽にかっこいい服が手にすることができる。それをありがたがる方はまだまだたくさんいらっしゃると思います。

もちろんファストファッションにも良い点はありますし、立場上、どちらが良いかというのはそれぞれ価値観の話になってしまうのであまり言及はできませんが。

デフレであり続ける限り、安さこそが正義のような風潮は廃れません。

その一方で低賃金での無理な労働など、様々な産業が無理な負担を強いられる形になっています。 

あたりまえですが物価が上がらなければ賃金も上がりません。

しっかり価値のあるものを作り、誰も不幸にならない適正な価格で売る。

それが正解の道筋ではないかと考えております。(姫井氏)

―NUNOUSを広めていくにあたり、課題と感じていることはありますか?

 やはり美しいだけでは使っていただくことはできないという点です。

素材の性質上どうしても、取り外し可能なものや机や椅子といった、消防法適用外のものに利用が限られてしまうのです。

 また、一般的な量産型素材に比べると高価格になってしまうため、容易に手を出しにくいといった弱みもあります。

 ですが、そんな中でも三井ショッピングパークららぽーとのような大きい商業施設や、株式会社資生堂のような、SDGsに真摯に取り組まれている企業さまからお声掛けいただいております。

 コストばかりに目を向けるのではなく、それ以上に環境を想うストーリーと、オンリーワンの美しさという、2つの強みを尊重していただけおり、これは本当にありがたいことだと思っています。(姫井氏)

―今後はどのように展開していくご予定なのですか?

 最近では、所謂ハイブランドや、有名アウトドアブランドからもお問合せいただいております。

 そのような際立ったアパレル企業・ブランドは世間からの注目度が高いからこそ、大量生産や廃棄に関して後ろ指を指されることも多く、気が気ではない状況が続いています。

 しかし、そうやって萎縮しすぎてしまうと作りたいものも作れなくなってしまい、本末転倒な結果になりかねません。

 ですので、前向きに物を作ろうとしている人たちの活動の中でどうしても出てしまうものを利用し、我々が何か新たな価値を生み出す。

それができれば、多くの企業の活動を後方からサポートすることに繋がります。

 当社はこういったアプローチから、環境問題をケアしている会社だということを広く打ち出していき、地球と布の新しい明日を提案し続けていきたいですね。(姫井氏)

サーキュラーエコノミーの視点から

製造工程のロス品を活用し、付加価値を加えたアップサイクル製品であるNUNOUS。

特筆すべきは、加工によって表情が変わる素材自体の可能性と、布という身近な原料のアップサイクルに成功している点です。それにより、多くのアパレル企業やブランド、または全く別の業界とのパートナーシップを形成し、大きく広まる可能性を感じます。

新たな素材を生み出し、事業化するというのは並大抵の苦労ではありません。トップの強靭な意志と根気強さの成せる業であり、その自信と迫力を感じるインタビューでした。

2021.10.29

取材協力:セイショク株式会社

http://seishoku.co.jp/

NUNOUS事業部